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オーダースーツのヨシムラ
03.04.27
GW突入
やってきましたGW!とはいっても今年は曜日の配列も悪く、戦争SARSの影響で安近短がキーワードとか。
しかし我が家は毎年安近短をモットーとして行動していますので別段気になりません。(たまにはバージョン変えてみたい)
ということで、今年も甲子園へ殴り込みです。
我がタイガースの好調さで優勝へのマジックも出たとこでお客さんで満員。
予想されたこととは言え、試合開始3時間も前からアルプスの固いベンチでカンカン照りの中、ただまんじりと座っているのは修行に近いものがあります。
おまけに、試合は初回表に満塁ホームランを含む6点を取られ、一方的にボコボコされ放題。
そのうち反撃と期待するもむなしく試合終了。「あ〜あ」と疲れてガックリの帰り道。
昼間は暑かったのですが、夜になると風が出て半袖では寒い。
球場横のスーパーへ立ち寄り、何か上へ羽織る物がと見渡せばハンガーに一着1,000円でブルゾンが。
生地は綿100%でなかなかしっかりと色も紺でデザインもシンプルでこれならとさっそく試着。
そういえば前からこんなのが欲しかったと納得&値段も大リーズナブルで早速購入。
試合に負けたけど転んでもタダでは起きんとひとり自分をなぐさめたG.W初日でした。

03.04.22
バイト戦線異状あり
当社は以前から男女含めバイト君が大きな戦力として頑張ってくれています。
ただ、やはりバイト君は次なるステップへの一里塚として当社に働き場を求めている為、どうしても不安定且つ流動的です。
その為、今回もアルバイトの募集を求人紙に掲載したところ色々な人材が面接に来てくれました。
中にはいかにもアルバイトの達人といった手慣れた風や、正社員と勘違いしているかと思えるようなキチンとしたタイプ。
あるいはちょっと人生大丈夫かなと意見したくなるタイプと様々です。
一通り面接も済ませ、男女合わせて応募してくれた20名近くの中から4名が採用となり働いてもらうことになりました。

その内の1人、Yさんという女性は夜間の専門学校でM学園というファッション関連の学校へ通学中で、昼は当社でバイトするという感心なバイト君です。
当然のことながら当社で働く場合、OJTで色々な作業を教えますが、彼女の場合既に授業で最低限の基礎知識を学んでいる為飲み込みが早く重宝します。
「ハサミの持ち方はこう習いましたが」とかえって社内のベテランがタジタジとなるような質問で、それもありだよという苦しい答えの光景も出てきます。
希望に燃える若い人はやはり会社全体の刺激となり、活性化の基になりそうです。
かくいう私も彼らからエキスをもらい 今や昔の若い時を思い出しながらの毎日です。本当に若さがうらやましい!

03.04.03
桜満開
当社は大阪の西区にあり、近所に靭(うつぼと読みます)公園という大阪では数少ない大きな公園があります。
私は実はこの近所で生まれました。卒業した幼稚園も健在です。
靭公園がその昔飛行場だったことを知る人も今や少なくなりました。(だから細長い公園なのです。)

私の生い立ちはさておき、今まで興味もなかったのですが靭公園で只今桜が満開と誰かが聞きつけて、早速好き者がチェックしに行ったところ、園内で連夜大花見大会で賑わっているとのこと。
こら行かなあかんわと早速有志を募り、夜桜&宴会となりました。
恥ずかしながら小生、この年になるまで花見の宴会は初体験、残業もそこそこに駆けつけます。
終業の5時と同時に先発隊が場所を確保しているとのことで暗くて広い公園内をウロウロ。
殆ど全員がスーツ姿のサラリーマンのグループばかりで、暗夜にはどこかいなと見つけるだけでひと苦労。
ようやく探し当て輪に入り、桜の下で宴会が始まります。
持ち寄りのお菓子やあてなどをパクつきながら飲めないビールをチビリチビリ。
ワイワイと楽しく時間は過ぎていきます。
しかし4月とはいえ早春の夜は冷え込みもこたえます。
おまけに地面の上にビニールシートのみで座っているとジワジワと冷気が感じられ、ビールどころか熱いお茶が欲しくなり女性陣はトイレとの往復です。
ここらが潮時と予定を早め散会。
来年は下へ敷く物がないと夜桜はきびしいとの教訓をもとに再度チャレンジと心に固く決め帰ってゆく我々でした。

03.03.29
看板もできました。
大阪店は5階建てのビルですが、周りをビルが建てこんでいる為、夜間はうす暗く当社看板も目に入りにくいようです。
その為、初めて来店されるお客さんにはわかりづらい方もあり、特に夜間は当ビルの前で携帯から「あの〜恐らく近所まで来てると思うんですが・・・」と電話いただいたことがあるくらいです。
今回、当社2Fのテナントさんが退出されたのを機に、わかりやすく看板を設置しました。
白地にブルーと赤で遠目にもわかりやすい表示と自負しています。
是非これからはこの看板を目印にご来店下さい。

03.03.21-23
社員旅行
旅行にも色々ありますね、思いついてのひとり旅から、家族でグループで、あるいはツアーへの参加と思い思いですが、社員旅行だけは会社に所属している人だけで、それはそれで趣もあり日頃の上下関係もひとまず無礼講でということで私は古いタイプかもしれませんが楽しみにしているひとりです。

... というところで今年もやってきました、社員旅行。
今回は、名湯別府を皮切りに門司から福岡への旅となりました。
手配の都合で大阪組新幹線で小倉経由で別府へ。
道中車窓から通過する駅を見ては、ああ広島といえば誰々さん、小倉と言えば日頃お世話になっているあの提携店さんと駅それぞれに思い出もあり道中退屈もせずの4時間余りでした。

別府で飛行機の東京組とも合流一年ぶりの再会もそこそこに、宴会へなだれ込み、飲めや歌えやと阿鼻叫喚、日頃のうっぷんストレス言いたい放題の末お開きとなりました。

眠い目をこすりながらの2日目は別府から門司への移動。
車中下戸の私はジュースで、その他大勢は朝からのビールと酒飲みには参ります。
次ぎの門司はレトロで売り出し中、港の回りが再開発で昭和初期の建物も保存され、新しい建物とのミックスがオシャレな雰囲気を漂よわせます。
お昼も済ませあたりを散策、朝がたの雨も上がり絶好の行楽日和で日頃の行いと皆が各々ほざきます。
向かいの下関へも渡れ、お土産も色々と種類も豊富でなかなかのモノ、例の巌流島もありとここは期待以上でお勧めです。
その日のうちに福岡へ移動。夜はこれまた宴会パート2。
私は前日の2次会の影響で早々とダウン。
相棒藤本これでもかのハッスルが恨めしい。

明けて最終日はスペースワールドで童心に返り、帰りの新幹線へ。
お約束のめんたいこや蒲鉾など買い込み一路大阪へ。
売れない旅芸人の一座よろしく、あちらこちらと重い荷物をよっこらせの旅でしたが、それはそれなりに思い出となりました。
しかし、帰りの車中で頭をよぎるのは明日からの仕事、3日も休めばお客さんからのメールが恐らくこんもりと山積み状態、楽あれば苦ありのことわざ通りとなりそうです。
「しかしそれでも来年も行きたい、行かせてくれ〜」

03.03.20
業界紙から
いよいよ始まってしまいましたイラクへの攻撃。
というところで、タイミング良くよくと言うか、今日の業界紙の一面にNO MORE WARTシャツがよく売れているというメーカーの記事が掲載されていました。
社会的なメッセージをその都度発信しているとのメーカーのコメント付きです。
あ〜なるほどと、売上げの一部をこれから予想されるイラクの難民への支援の為に寄付、あるいは日頃3000円のシャツを1000円にしてみんなに着てもらい反戦の意志をアピールして欲しいと言う事かとも思いましたが、そう言う記事は見あたりません。
ということは、このメーカーは戦争という人殺しを自分たちの飲み食いのネタにしているのかと、朝から不愉快な気分にさせられました。

もしそうだとすれば、NO MORE WARはメッセージではなく単なるマークにすぎません。
身銭を切って反戦活動をしている人達にどう顔向けをするのか聞いてみたいですね。
そうかと思えば、めくった2、3枚目の一面広告にも今度はLOVE&PEACEときて、大きく機関銃と弾帯をもったモデルさんの写真です。
一瞬、ドキリとさせられ思わず機関銃の広告かと思わせるようなような構図で、これを見てLOVE&PEACEとはなにをか言わんやですね。
今まさに戦争が開かれようとしている時勢を考えない発想の貧困さここに極まりで、同じ業界の人間として情けない限りです。
こんなメーカーこそNO MORE。

03.03.11
マークはどうなる?
ネットオーダーのお客さんが増えるに連れ色々なご意見をいただきます。
その1つに、「ヨシムラさんのマーク(←スーツの裏側です)あれどうにかならないの?」というご意見があります。
忌憚のないというか率直というか、ズバッというかあれ要らないとのご要望です。
思えば3年前、その前のマークが余りにも古くさいととのことで今のマークに変えたのですが、その当時はネットオーダーのスーツのご注文は非常に少なく、殆どがテーラーさんからのご注文の為、今のマークが結構ナウイ(←死語?)と評判を頂き悦に入ったモノでした。
しかし、3年前といえば今や一昔、おまけにテーラー屋さんと違い(失礼!)ネットのお客さんは高感度、若年齢、高こだわり(?)、やっぱりな〜というのが本音です。
その間お客さんよりご親切にもこうすればとばかり、具体的なマークの提案も頂くなどご心配もおかけしました。
その為、ようやく当社も重い腰を上げ(在庫が減った?)次なるマークの検討に入り現在作業中です。
小さなマークひとつでも当社にとってはアイデンティティを示す大きな存在です。
無い知恵を絞りながらあ〜だ こ〜だと意見を戦わせながらの作業が続きます。
あと一月もすれば新しいマークが登場しますのでしばしお待ち下さい。
進化する洋服屋ヨシムラのエキスが詰まったもので、必ずや皆様ににご支持を頂けるモノと信じております、乞うご期待。

03.03.07
ハーディエイミスさんありがとう。
当社掲示板でも話題にもなっていますが、当社でも主力のブランドとして取り扱っているハーディエイミスのハーディエイミス卿(←ややこしい)が亡くなられました。
英国王室のデザイナーとして知られ、Sirのつく数少ないデザイナーのお一人でした。
亡くなられたダイアナ王妃などは、「ウチのブランドはダイアナ妃御用達!」と英国中のブランドに勝手に使われましたが、このハーディさんこそは正真正銘の王室御用達だったようです。

もちろん、年齢も年齢ですので一線から身を引き後任のI.ガーランド氏が采配をふるっていたのですが、英国の名物デザイナーとしての地位は揺るぎなかったようで、日本では以前から既製品でメンズとレディースがスーツを始め靴やバッグ或いはネクタイ・ハンカチと広く展開されていました。
当社での扱いはさほど古くないのですが、ブリティッシュテイスト溢れるその風合いは、今流行りのスーパー100Sシリーズと違った趣で根強い支持を頂いています。

その反面、代わり映えしないと悪口を言う人もいるようです。
いつの時代にも流されないオーセンティックなスタイルや素材にこそと私などは反論したい方ですが、ビジネスとして見た場合変わってもらわないと成り立たないのが我らの業界の悲しい定め。
特に、彼のようなトラディショナルなスタイルは、後に続く人達が見あたらないのがネックで、オーセンティックも変わっていくのかと私らのような頭の固い人間は悲観に暮れます。
とりもなおさず、知る人ぞ知るに近かった彼のこの頃ですが、我が国のブリティシュへの貢献は十分に評価されるべきだと思います。
ご冥福を祈ります。