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上海旅情 |
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本年の社員旅行は、発展する中国を代表する都市、上海への旅行です。 当社のお客様のなかには今月も上海、というお客さまもおられますので、今さらながらの上海レポートもなんですが、なにせ私にとっては初めての中国とあって、いささか前のめり気味になって行ってきました。 感想は?う〜ん一言ではとても表せませんが、とにかくまぁすごい国ですね。 まず、滞在したホテルは中心地からはずれた住宅や商店が混在する場所にありました。 これが正解、そのおかげで上海の人達の日常の生活も垣間見えて、楽しく興味深い3日間を過ごせました。 本当にヒトもクルマも多くて、それらが朝から晩までエネルギッシュに動いてと、行く前から聞かされていた通りでした。 ただ、ヒトの割には犬や猫の姿を滞在中まったく見掛けなくて... それはさておき、ビックリの連続ばっかりだったのですが、ここで上海の歴史からひとつ。 時は文明開化の明治初期、西洋文化が欧米からなだれ込んできました。 当然、着る物も和服から洋服へと移りゆくのですが、当時上海は既に西洋文化に満ちあふれていまして、欧米人目当ての背広の仕立て職人達が沢山店を構えていました。 そのなかで、日本の西洋化に伴い需要が増えるぞとばかり、「ここでひと山」と多くの仕立て職人が海を渡り日本へと出稼ぎにやってきました。 従いまして当時の横浜や神戸には「上海テーラー」と名付けられたテーラーさんが多く軒を並べたと言われています。 つまり上海の職人達が日本の背広文化の礎のひとつとなったのです。 と言うことは、我々この商売に従事する者は、上海に足を向けては寝られないのであります! そんないきさつもあり、今回の自由行動の日に一野君と二人で、果たして日本の背広のルーツとも言える上海のテーラーなるものが今どのようになってるかという素朴な疑問にとらわれ、街を歩いてきました。 とは言え、ガイドマップを見てもそれらしい店は無く、どこにあるかさっぱりとわからないままに繁華街を宛もなく散策すること1時間余り、ようやく足が棒になりかけた頃、立派な1軒のテーラーさんを発見。
ところが残念なことに集合の時間切れ、店の表からパチリと1枚写しただけでそそくさと戻る事となりました。以上が、上海テーラー見聞録のお粗末なのですが、町中にはテーラーの店舗を見付けるのも難しく、やはり既製品に押されているのは洋の東西は問わないのではとの感想は持ちました。 なにはともあれ、混沌とした印象の上海でしたが、まだまだ魅力がタップリと隠れていそう。 今度行くときはぜひもっとディープな上海を覗いてみたいですね〜 |
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団塊の世代 |
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いよいよ、今年が2007年とあって団塊の世代の退職問題が巷をにぎわせています。 TVの画面でよく見られる光景は、機械を前にしてベテランが若い人達に、あれがこうでと教えている場面です。 確かに生産現場などではこうした光景が危機感を持って見受けられるようですが、それは一部のハナシのような気がするんですが。。。 多くの団塊の世代は事務職あるいは営業職の人達じゃないのかなと思うんですが、いかがなもんでしょうか? これらの職制の方たちはOA化が進み、それほどマンパワーに頼らずとも業務をこなせる時代ですので、今さら団塊の世代の退職によりそれほど影響があるのかなと思います また、順番に高齢者が去ってゆく事で、その企業は活性化するのは分かり切ったハナシ。 いつまでも先輩や上司に居座られたら例えその職制がどうであろうと下の世代にはそれらに頼るというか、逆に鬱陶しいとかのマイナス面も懸念されます。 定年延長や再雇用制度は働く者にとって嬉しいNEWSですが、取り決めとは言え簡単にその制度を導入した企業は果たして大丈夫かいなと心配になります。 また、先日の新聞報道によりますと、団塊の世代の事故死が目立ち初め、おまけにその職業が無職の場合の割合が、以前の世代に比べ高いとの事です。 つまりこれから類推されるのはその塊が大きいがゆえに、団塊の世代の退職は好むと好まざるに関わらず、とっくの昔に始まっているとの分析でした。 確かに、TVなどでリタイア後の人生が取り上げられる事が多くなりましたが、その中に少なからず団塊の世代の人たちが主人公として既に登場しています。 またそんな話は私の回りにもあるようで、チラホラと耳に入ってきます。 第二の人生のスタートをとっくに切っている人たちにとっては、2007年になって、今さらナダレを打ってとか一斉に退職とかの報道の表現は、どう映っているんでしょうか。 TVの画面を見ながら「俺達は団塊じゃないのか」と皮肉につぶやく人たちが結構多いのでしょうね。 以上、思いつくまま気の向くまま、団塊の片割れの独り言でした。 |
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出張も大変で。 |
| 先日東京店から山橋君が出張でやってきました。 ただ、彼の場合は転勤で東京店へ赴任していますので、お里帰りと呼ぶのが正しいのかな。 そこで、東京生活の色々など面白く話してくれました。 今や東京大阪間の転勤異動などざらですが、同じ日本とは言え「所変われば品変わる」の例え通り、良く言われる「うどんの汁」ひとつとっても違うそうで初めは戸惑った事も多かったようです。 そんなところへ、先日当店へお越しになったEさんは、、、伺いますと出張でパキスタンへ行かれたとのことでした。 当店のお客さまでアジアはおろか欧米へ出張されるお客さまなど特段珍しくは有りませんが、なにせパキスタンとは初めて伺いました。 パキスタンと言えば紛争当事国、あのアフガニスタンの隣国、インドとも国境紛争で揉めるなど硝煙の臭いが消えない地域。 いかにお仕事とは言え、外務省のHPを見ればイスラマバードでの爆弾テロや西北部は避難勧告など、並みの旅行者がとても立ち寄れない状況です。 よくぞ行かれたものと思いますが、こればかりはお仕事とあらば行かない訳には行かず、トランジットのバンコックからでも6時間の長旅を経験されて来られました。 現地ではホテルに入るにも入り口で金属探知器がピンポンと鳴り、乗ってきたクルマはトランクを全開、挙げ句はクルマの底までTVカメラでチェック。 街へ出ればアメリカ系の「マクド」や「ケンタッキー」の前には肩からサブマシンガンをぶら下げた目つきの鋭いガードが付いているなど、いつテロが。。。との状況で、食事も落ち着いて取れる雰囲気ではなかったとこぼしておられました。 Eさん、ひとまず無事でお帰りにはなりましたが、また行かねばならないとのことで、サラリーマンも大変です。 |
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そういうもんだと思うのですが、、、 |
| 「近頃都に流行る物」とかいう言い回しがありましたが、近頃は偽装が流行り物。 耐震偽装に始まり、食品偽装、そこへついでに大相撲偽装ときました。 事の発端は毎度のことながら、週刊誌による告発記事です。 しかし大相撲の八百長騒ぎは今に始まった事でもなく、以前から度々取り上げられその都度、やってない、やったとの水掛け論に終始。 そして、その内忘れ去られて行くのが常で、なにやら食傷気味です。 私に言わせれば、アマチュア相撲ならともかく、そもそも大相撲をスポーツとして見るからおかしくなるのであって、所詮は興行の世界のハナシ。 NHKが独占中継するから、さも国技として決して八百長などあってはならないものとして受け止められていますが、プロレスと同じ見せ物のひとつとして見れば、気心の知れた一心同体の狭いサークルなら、八百長も星の貸し借りもあって当然です。 見る方もドッカと桟敷に座り、キレイどころを横にはべらせ、お酌を受けながら、贔屓の力士に声援を送りながら見るのが本来の相撲見物のあり方のような気がします。 ちょうど芝居見物と同じで、仮に八百長があったとして被害者もいる訳でなし、「朝青龍は強いなあ!」と素直に見ていれば済むハナシで、いちいち八百長に目くじらを立てるのもどうかと思います。 アタマに載せた大銀杏、仕切の所作、行司の装束、などそれぞれに込められた日本の古式ゆかしい伝統。 今やお相撲さんの世界だけに見られるこの貴重な浮き世を離れた様式美の世界を楽しめれば、それで良しとする訳には行かぬものでしょうかねえ。 |
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次はこれかな? |
| レディース担当の藤本さんが、昨日公開中の映画マリーアントワネットを見てきたと楽しそうに話しをしていました。 最後にギロチンでクビがゴロリ?と意地悪く聞いたのですが、そこまではないようで、予告編どおりの華やかな宮廷生活を描いた作品のようでした。 この予告編を見たのが、「硫黄島からの手紙」の映画館でしたが、同時に予告されていたのが「ドリームガールズ」。 恐らく「シュプリームス」がモデルかと思いますが、当時の黒人の風俗やヒット曲に合わせ彼女らがスターダムにのし上がってゆく様子が描かれているようです。 当時のメンズの風俗と言えば、黒人が好んで着たのがコンテンポラリー(略してコンポラ)と呼ばれたスーツスタイルです。 生地はシルク風の光沢のある素材、ただ高価ではなくポリエステルだったと思いますが。。。 全体のラインは細身で、特徴のある衿は細身のクローバー衿、上着丈やパンツ丈は短く裾口からは色物の靴下がのぞいている。。。と言った調子でした。 当時はあのスタイルや独特の風俗には私もさほど興味は涌かなかったのですが、今になって振り返るとあの格好良さが分かるような気がします。 ハリウッドでも題材として取り上げられたと言うことは、単なるノスタルジックでは無いことは確か。 もう一度あの時代に戻れるような気がして、私も映画館へ足を運びたいと思います。 |
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吉井工場長おつかれさまでした。 |
| 今日は三久服装から吉井工場長を招いてのフルオーダーの仮縫い日です。 朝からご予約のお客さまが次々とお見えになり、工場長もフル稼働。 私は横からサポートするだけですが、吉井工場長はお客さま毎にその都度、座ったり立ったりとその運動量は並みでは有りません。
昔から慣れ親しんだ仕事とはいえ、体力気力がものを言う作業とつくづく感心しました。途中、休憩を挟んでの9時間余り、その後は我々大阪店スタッフとミーティングと老齢(失礼!)にも関わらずのタフネス振りには本当に感心します。 そしてミーティングの後は、最終電車の時間を気にしながらも場所を変えてささやかな宴。 老齢にも関わらず(再び失礼!)工場長の食欲の旺盛なこと、出てくる皿を次から次へとペロッと平らげ健啖振りを発揮します。 工場長のプライベートにも話しは飛びましたが、音響関係にも詳しいのにはビックリしました。 アンプがどうとかスピーカーはあそこが評判と話しに花が咲き、夜も更けてゆきました。 明けて2日目もお客さまのお相手をして、ようやく無事に終了。 身内を誉めるのもどうかとは思いますが、スーツに掛ける執念といいますか、その情熱は我々若手(?)は見習うべきとアタマが下がります。 私もあの年までやれるかどうかまったく自信はありませんが、良きお手本の先輩には恵まれたようです。 工場長、大阪出張本当におつかれさまでした! |
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不二家は私の好物なんですが、、、 |
| 食品偽装問題発覚!といえば、雪印は記憶に新しいのですが、今回の不二家の騒動は、思わず二の舞かと思ってしまいました。 私は小さい頃に不二家などの高級品を食べれなかったトラウマか、イイ年こいてペコちゃんの不二家好きです。 新年も早々に不二家のお店へ寄って、ドーナツと問題のアップルロールを買い求めたばかり。(元日の日記帳にも書いたばかり。。。) 今回は使用されたミルクが消費期限を過ぎていたとやらの騒ぎのようですが、私の好物でペロッと平らげたばかりのアップルロールのリンゴもなにやら古いとの報道です。 ただ、今のところお腹も痛くなくいたって大丈夫で、あればもう一つ食べたい位です。 本当は今の洗練されたドーナツではなしに、本来(?)の砂糖粒が表面にベトベトと付いた安物臭い、3つ食べれば健康に悪そうなぐらいの方が好物なのですが、ダイエットブームの昨今、店頭に姿も見えず、多勢に無勢で如何ともしがたいのは残念! ちょっと横道へそれましたが、不二家もこれを発端に色々な事実が明るみにされるんでしょうか? 老舗の上にあぐらを掻いたとは決まり文句ですが、いずれにしてもアップルロールが食べられなくなる事態だけはなんとか避けて貰いたいものです。 ただ、ここでひとつ思うのですが、私は賞味とか消費期限とか、これという定めが無かった時代に育ちました。 つまり自分で食べるものは親に聞き、自分で臭いをかぎ、目で確かめ、舌で味わい、大袈裟に言えば本能でそれが食べても安全かどうか判断したものです。 それが今では全ての判断基準が、品物の表に印字されている何とか期限とやらに委ねられています。 果たしてそれが良いのか悪いのか私には判断は付きませんが、このまま行くと人間の本来持つ本能とやらの退化に繋がらないのか、ちょぴり心配してしまいます。 かたや食料危機が叫ばれ、かたや世界には飢餓に苦しむ人達も後を絶ちません。 かたや賞味期限を過ぎただけで、食品が大量に廃棄されている現状が正常なのかどうか、何とかこのあたりをうまく折り合いを付けられないものでしょうか。 |
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湯漬けを所望 |
| お節もいいけどカレーもね♪というコマーシャルがありましたけど、お正月はどうしても食べ過ぎてしまう傾向はどちら様もおありかと思います。 その反動で、、、とは大袈裟ですが、湯漬けたるものを初めて食べました。 湯漬けとはお茶漬けではなく、すなわちご飯にただのお湯をジャ〜とかけただけの食べ物です。 至ってシンプル(過ぎるぐらい)ですが、時代物を読んでいますと「殿のお帰りじゃ〜湯漬けを、さ、さ、早く持て〜!」などの描写を良く見かけます。 そこで一度は食べてやろうと企んでいましたが、今日初めてその機会に巡り会えました。(大げさな) 恐らく当時でも塩ぐらいは掛けたのでは?と、まずご飯をお茶碗に盛り、塩をひとつまみ。 そしてそこへお正月らしくモチを焼いてのせて、上からお湯をジャ〜とかけてはい出来上がり。 一気にズズズッ〜と頂きました。 肝心の味の感想ですが、塩の味がかすかにし、あとはご飯とモチの味だけ。(当たり前か) ただ、これでも殿様が食べる位ですから、当時は結構な食べ物だったんでしょうね。 白米が贅沢品だった時代は長かったようですから。 食べながら「織田信長もこれを食べたのかなぁ〜」と、しばし空想の世界に浸れました。 飽食とは縁遠い食べ物ですが、しみじみと日本人の原点を味わえますので、皆さんも是非お試しあれ。 |
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福袋 |
| 今や年明けの名物となった感のある福袋ですが、例に漏れず我が家でも家内が年明け早々GETしてきました。 朝早く並んでと、ではなく偶然まだ売り場にあったのでとの事で、運試しのつもりで買い求めたようです。 今や福袋もブランド毎は当たり前、サイズも分けておまけに中身ものぞける事が出来るらしく、当たりハズレもあまりないようです。 ひと昔前の福袋と言えば、残り物の処分が目的のような存在でしたが、今やこれが冬物商戦のメインのような扱いで、決しておろそかに詰め込むと言うことも出来ないようです。 各TV局のNEWSも福袋商戦の裏側を取材と、これだけ取り上げれば消費者も買わなければ損とばかり、煽られるのもわかります。 ただ、百貨店もいかにも売れているような混雑振りですが、その分12月の買い控えにも繋がっているとのことで、トータルすれば痛し痒しのようです。
我が社でも年明けには恒例の卸部門の生地セールが行われます。福袋人気にあやかって当社でもご用意しますが、事前告知からお客様より問い合わせも多く、嬉しい悲鳴を上げています。 袋を開けた時、お客様に喜んでいただけるように、ただ今腕によりを掛けて詰め込み中です。 乞うご期待下さい!! |
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明けましておめでとうございます。 |
| ヒューポロリンと「春の海」がTVの画面から優雅に流れ、正月気分も一気に高まりました。 関西は例年にもまして穏やかな年明けとなり、清々しい元日を迎える事ができました。 お節の膳を前にして雑煮をほおばりますと、毎年の事ながらやはり日本で過ごすお正月はいいものだなあと感じます。 わざわざ海外で年を越す人がいるなんて、信じられません。 (負け惜しみタップリのコメント、誠に恐縮です。。。) 近くの量販店で福引きイベントがあるとのことで、元旦早々出掛けるとは我ながら物好きも甚だしいものよと、今年最初の自戒の念にとらわれました。 挙げ句は3回やってはずれ続きと、こちらも今年最初のバチがあたりました。 お土産には不二家のドーナッツを買い初め。 思えば昨年の正月もこんな調子で年も明けたようで、相変わらずのマンネリ進歩のなさ。 それでも正月はいくつになっても何故か胸躍るもの。(私だけ?) 「正月は冥途の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし」近所の一休寺を横目に過ぎる時、思わず口ずさんでしまった一句です。 確かに名言、冥途に近ずくのはクリスマスでも同じですが、なんと言っても日本人はお正月ですね。 ヒューポロリン、これでなくちゃ |