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セクハラ? |
| 当社では、本月限りで久し振りのオメデタ退職がありました。 オメデタは文字通り出産に伴う退職で、今や出産も産休を取得してバリバリと働く女性も多いなか、初めての出産と言うことで、念のためひとまずは退職となった次第です。 そろそろ臨月も間近とあって、お腹のせり出しもさながら横綱の鏡里みたい(今時知らない?) 当社は女子全員が出産未経験の社員とあって、昼休みの話題も興味津々そこらあたりに集中しがちです。 今日も、女子社員を交えてのオシャベリの最中、「誰々は骨盤が小さい」だの「お尻が大きいから安産体型」など私も調子に乗って喋っていて、ハタと気が付きました。 これってセクハラの領域に入りつつある? 慌てて話題をそらし気味にして、話の輪から抜け出しました。 思えば昔のセクハラという言葉も無い時代には、年配のオヤジなど平気で女子社員の肩など揉んで「どう頑張ってる」などと平気で話かけている光景など珍しくはなかったように思います。 というよりは当時はスキンシップなる言葉も流行し、こんな光景もどちらかと言えば奨励し、もてはやされたものでした。 時代は移り、今や通勤電車内での触った触ってない位の事で、人生を棒に振る時代です。 触らぬ神にたたりなし、ご同輩油断めさるな! |
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産地の苦労 |
| 昔はどこの地方にも独自の地場産業が発展し、その地域の発展や振興を担い、ひと役買っていたのですが、今やいずこも同じくして衰退や低迷が悩みとなっているのは新聞紙上などでよく見かける記事です。 原因としては産業構造の変化や市場の動向あるいは消費者の嗜好の移り変わりなど多種多様の悩みが考えられますが、それでも苦境にめげず地場産業の灯を消すな!とばかり創意工夫で乗り越えようとする取り組みも、行われているようです。 その一環でしょうか、鹿児島の卸し先から地場産業の「大島紬」で洋服を製作してくれませんかと問い合わせがあり、反物が送られてきました。 「大島紬」は名前のように奄美大島特産の服地ですが、こちらも近年の和服ばなれの波をモロに受け、厳しい状況に変わりはありません。 ![]() 和服地の反物は洋服地と違って巾が40センチあまりと短く織られているため、(洋服の反物は150センチあります)タテにとりますので、横幅が大きいサイズの方にはお仕立て出来ない欠点があります。 とは言え、そんな欠点はありつつも、いつまでも和服の需要回復を待てないので、やむなく洋服に仕立ててアピールしようとの試みのようです。 そこで、少しでも地域振興のお役になるならと引き受け、このたびそのジャケットが仕上がってきました。 いかがでしょうか? 本来の「大島紬」とは一味違う風合いで、和服地というイメージはさほど感じないように思います。 これからもこの程度でよろしければお役に立ちたいと思いますので、鹿児島の皆さんどうぞよろしくお願い致します。 |
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いやな空気 |
| 北京オリンピックの聖火リレーが各地で大混乱です。 チベット問題に端を発しての事でしょうが、民衆から隔離してまで聖火リレーをやる値打ちがあるのでしょうか? 片や映画「靖国」を巡り、圧力がかかり上映中止に追い込まれるとか、両者は違うようで似たような根っこを孕んでいます。 そこからは有無を言わさず力ずく、というイメージがどうしてもつきまといます。 さながら遠くから暗雲がたれ込めてきているようで、なんとも言えないいや〜な空気です。 役どころは違っても、ちょうど戦前のアジアの情勢を思い起こすのは、少々考え過ぎかな? |
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やったぜ! |
| 祝!金本2,000本安打! ここへ来て足踏み状態が続きましたが、さすが兄貴、やるときはやります。 ただ2,000本安打は今まで何十人のバッターが記録していますが、彼の偉いところは何と言っても試合のイニング全てに出続けていること、これに尽きます。 金本は40才での達成で大器晩成型の代表的な打者と言われますが、2,000本打ったバッターはいずれも40才とは言わないまでも、その多くが選手としての晩年で達成しています。 つまり試合の大勢が決まった場面ではいずれもが退き、出来るだけ疲労を持ち越さないよう、状態の良い時だけを見計らって出るという、周囲もベテランに気を配った上での記録です。 それだけに金本のどんな展開になっても若手と同じように最後まで出続けての記録は、過去に比較することの出来ないほど偉大なこと、この上なしです。 ただ、昔に比べればトレーニング方法や医療技術の進歩も加わり、選手寿命そのものが長くなっているのはメジャーの連中を見ても明らかです。 競走馬の世界でも昔は7歳馬になると殆どが引退していましたが、今は8歳や9歳馬が大手を振って?競走馬として立派に現役を務めているようです。 これらも同じように調教技術や故障した馬に対するケア体制の整備によって現役寿命が伸びていると、聞いたことがあります。 馬と一緒にするなと言われそうですが、ただそれらを差し引いても金本の記録は尊敬に値し、フルイニング出場での2,000本安打達成は今後はこの記録をうち破れる選手は出ないでしょう。 40才でも私に比べればまだまだ若い?アッパレ!の言葉を送って共に喜びたいと思います。 |
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ショック! |
| 今朝の関西の朝刊の一面を飾ったのは日銀総裁問題や中国の聖火リレー問題を押しのけて、写真入りで「くいだおれ」が閉店!というショッキングな記事でした。 開けて社会面でもフォローの記事が大きく取り扱われ、単なる料理屋の閉店ではないと言うことが、 読者にもひしひしと感じられるような扱いでした。 閉店するようなそんな雰囲気は感じられなかっただけに、この記事を目にした瞬間、私も思わず「えーっ」という声が出てしまい、目が覚めました。 ![]() 「くいだおれ」は今やお店より、入り口に立つ人形の方が全国区として有名になりましたが、古くからの伝統的な食堂として道頓堀の欠かせない名物店の一つでした。 ただ「くいだおれ」と言う名前は関西人なら誰でも知っていますが、あの店で入って食事をしたことがあるか?と聞かれれば、案外多くの関西人がNOと答えるに違いありません。 それだけに、有名だけど表を通るだけという人ばかりで、表の人形の姿をカメラに収めてハイ終わりというような、単なる観光スポットになってしまっていたようです。 私も1回だけしか利用したことがなかったのですが、その時の印象としては安物ぽい食堂のイメージとは裏腹に、上層階の宴会場は本格的な和風のつくりで、日本料理を上品な和服姿の仲居さんのお酌で楽しめて、持っていたイメージとのギャップにビックリした次第です。 それだけに、周辺の客層の変化と相まり...とか事情はそのとおりなのでしょうが、なんとかならないものかと大阪人のひとりとしては残念至極な思いです。 どこかのお金持ちがホワイトナイトとなって...とはいきませんか? ただ冷静に考えれば単なる料理屋の閉店が、関西版とは言え、全国紙の新聞の一面を写真入りで飾る扱いとは、嬉しい限りです。 誰の判断か知りませんが、この判断は「グー」ですね。 たまにはやりまんなあ、読売新聞も。 |
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大丈夫か?おい。 |
| 我が社では卸しの部門でハガキによるご注文も多いので、数十年来にわたり最寄りの郵便局に私書箱を設置して毎朝ハガキを受け取りに言っています。 ところが先月のこと、3,4日連続で私書箱にハガキが入っていません。 おかしいな?と改めてTELで問い合わせてみると、待たされた挙げ句、私書箱へ入れず別に保管していたと判明し、慌てて当社まで担当者が持参し、謝って帰りました。 今後は無いだろうなと、その際念は押したのですが、舌の根が乾かずとはこのこと。 ここ2,3日もハガキが入ってないので、また問い合わせると、ハガキは無いとの答え。 そんなはずは無い、と食い下がると、しばらくしてありましたとの返事。 すぐ持ってこい!と言うとしばらくして、責任者らしき名刺を持った人間が謝りに訪れました。 どうなってる!と言うと、引継がどうとか、担当者が勘違いがどうとか、訳の分からない説明ばかり。 株式会社になって混乱はわかりますが、別に新しい事を頼んだ訳でもなく、従来通りの対応で問題ないのですが、ことは会社の信用に関わる事なので、オマエとこ大丈夫か!と、つい言いたくもない言葉も言わざるをえませんでした。 民間なら民間らしく、謝りに来る時は手土産のひとつでももって来いや!とは口に出しませんが、あの調子では、またあるかも、しっかりしてよ本当に... |
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桜見物 |
| 黄砂とかガソリン値下げとか例年に増して賑やかな4月の幕開けですが、ちょうど桜も見頃とあって、花見気分にさそわれて出掛けました。 近くにも名所は数有りますが、琵琶湖のほとりにある彦根まで足を伸ばし、その昔桜田門外の変で倒れた井伊直弼で有名な彦根城を訪ねるのも主たる目的のひとつと、遠出しました。
本当は昨年に「国宝彦根城400年祭」がありその際に出掛けたかったのですが叶わず、桜の季節にと思い、春になった次第です。お城そのものは当時をそのままに、古色蒼然としたこじんまりとしたつくりで、2月に訪れた小田原城とは違う趣で往時を偲ばせてくれました。 またお城の周りの街並みも当時を思わせるような町屋風に統一されていて、銀行や郵便局なども江戸時代風の建物に収まってと、お城周辺もいい雰囲気につつまれています。 また、肝心の桜も満開で、桜の下での花見も賑やかに繰り広げられていました。 桜を見上げていますと風に舞い散る桜の花は、ヒラヒラと綺麗なのですが、ここ彦根の桜では同時に志半ばで凶刃に倒れた直弼の無念をも思い出させてくれます。 パッと咲いてパッと散る桜は、花は桜木、人は武士と謳われた潔さに通じます。 人生かくあるべしと迄は思いませんが、私でもそうなのですから、桜は色々な思いを人に植え付けて今年も咲いているのでしょう。 |
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春はセンバツから |
| 今や季節の風物詩として定着した春の高校野球が今年もやってきました。 関西では高校野球と「お水取り」が春を呼ぶ行事としてお馴染みですが、球児のはつらつとした姿はいつ見てもキラキラと眩しいばかりですね。 熱心なファンも多いようで、大会に合わせて休暇を毎年取り、球場近くのホテルに陣取って毎日通うという常連も珍しく無いそうです。 それを裏付けるように、TVに映るバックネット越しの顔ぶれもいつもよく似た人達が多いので、熱心だなと感心させられます。 また有名人では昨年亡くなった作詞家の阿久悠さんも、春夏の大会はいつもTVの画面にかじりつきで、毎試合欠かさず見ていたと言うことで、高校野球のファンの私から見れば羨ましい限りでしたね。 それと今年試合をみていて気づいた事は、選手全員が平成生まれだと言うことです。 と言うことは、ついに平成生まれが主役となる舞台が生まれたと言うことになりますか。 そしてこれからはドンドンと昭和世代が押されて、平成世代が取って代わり、何十年か先には「そうですか貴方は昭和生まれですか?」と、かつての戦前生まれと戦後生まれのような微妙な空気が生まれるのかなあと思います。 まあそんな先の話はともかく、今回も素直に大会を楽しみたいと思います。 |
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ホワイトデー |
| いつの日くらいからでしょうか、定着したのは。 NETで検索しますと、昭和55年の全飴協の総会で「キャンデーを贈る日」として制定され云々とあります。 もちろん商魂との二人三脚で始まった事くらいは想像はつきますが、それにしてもここ迄に盛り上がるとは誰が想像したでしょう。 そのお陰でこっちは出費がばかにならないと言う羽目に陥っているご同輩も多いと思います。 当時はアメやマシュマロという文字通り心づくしのお返しというイベントだったのが、今やどうですか、チョコレートひとつで、貴金属までお返しとは。 ましてやゴディバクラスならまだしも、明治やロッテでネックレスとは、世の中ちとおかしいんではないの?とヒガミのひとつも言いたくなります。 とは言え、「甘いのが苦手で。。。」と日頃は言っておきながら、この時節になると自分では食べないクセにチョコレートを暗に要求するおやじ根性にも困ったものです。 家に帰って「俺もまんざらじゃないだろう」と奥さんや子供に見栄を張らなきゃいけない男子の面子もわかりますがねえ。 以前、そんなに喜んで貰っていない、あるいは送りたくない相手にチョコレートを送る位なら、世界の飢餓に悩む人々に対してそのお金で義捐金を送ろうという機運が盛り上がり、流れになりかけた事もあったように記憶しています。 今やそんな動きはあまり目にしませんが、このあたりはどうなんでしょうか? 無駄とは言いませんが、ロクに食べもしないのを送ったりあるいは貰って見栄を満足させるくらいなら、少しでも役に立つならと考える人達も多いように思うのですが... |
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雛祭り |
| ♪明かりを付けましょ、ぼんぼりに〜、と今年もやってきました雛の節句。 我が家の娘も小さい頃は「お雛様」を押し入れをから出して、それなりに飾り立て祝ったものですが、大きくなると、わざわざ押し入れから出す事も面倒くさくなり、今や「お雛様」は年中ホコリをかぶったまま、申し訳ない。 歳時記というか、季節の節目が段々と無くなりつつありますので、こんな家庭行事は大切にしたいという心掛けはヤマヤマなのですが、なかなか心の余裕も無くなっていますので、分かっていてもついおろそかにしてしまいます。 ただ、地方によってはこんな行事も大切に守ってという気風が強いらしく、旧暦の4月まで1ヶ月お雛様は飾るという風習が今も色濃く残っているようで、そんな事を聞くとなんか心強くなってきます。 年をとったせいか、邪魔くさいとか古くさいとかで片付けられてしまうような、昔からの伝統的なものは大切に守るのが次代への努めと意識するようになりました。 気付くのが遅いと言われそうですが、気にせずこれからも コツコツとやっていきたいと思います。 |
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禁煙 |
| 近頃、懐かしのTV番組や映画をよく目にする機会が多く、珍しさもありつい見いってしまいます。 何の気無しに見ていて気づいたのですが、今から30年くらい前ですと、男性の出演者は殆どがタバコを手にしていることです。 特に食事や仕事をするシーンなどでは必ずといっていいほど、また小道具としてのタバコも良く使われいて、吸い方ひとつでキャラクターのイメージ付けにも効果があったようです。 言葉でも当時は紫煙をくゆらす、とか一服つけるとかタバコ関連でよく使われた言葉もありますが、さながら今は死語扱いで、文字通り隔世の感があります。 そして時代はドンドンと進み、近頃は禁煙という言葉さえとんと耳にすることもなくなり、タバコを吸う事それ自体が珍しいという風潮になりましたね。 その昔に禁煙を果たした私にとっては、本当に今昔の感があります。 当時はタバコを吸わないのはヘンなやつという目で見られ、「カネを残したいのか」とか、「吸わないのは真面目ですね」とか、好き放題に言われたものでした。 新幹線さえも禁煙車は自由席の1号車2号車のみと、ホームの端までテクテクと歩かされて、言われ無き差別に泣いた?ものでした。 おまけに当時は机の前で考えごとをしていれば「なにをぼやっとしてるの」と言われましたが、タバコさえ片手にしていればなにやら思案風に見られて、とグチのひとつもコボしたものです。 「タバコはハタチまで」とはネタですが、思えば雀荘のもうもうたる煙のなか、くわえタバコのサラリーマンの姿は昭和の時代で終わりを告げたようですね。 |