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オーダースーツのヨシムラ

09.10.31
秋ですね〜
つるべ落としの秋の夕暮れとやら、少し前の9月には残暑がとかなんとか話題になっていたのが、はや10月も末で、バタバタ鳥がなんとやら、毎年のことながら月日の経つのはなんとも早いものです。
堂島の店舗から窓の外を見れば、5時を過ぎますと大阪でも夕闇がせまり、そのお陰かヘッドライトやネオンがやけに鮮やかに輝いて見えます。

毎年この時期になりますと、あと2ヶ月で今年も終わりかと、夕暮れ時の冷え込みも加わりなにやら少々うら寂しくなります。
また、片やデパートではとっくにお歳暮の受注も始まり、クリスマスケーキの予約もそこかしことなりますと、なにやらせき立てら追いまくられるようですね。
「時間がゆっくりと流れている〜」のがウリのリゾートものあるくらいですから、現代の日本人が特に実感しているのかも知れませんが、慌ただしく時間に流されていて、ギスギスしていると感じているんでしょうね。
現在と比べて昔がなんでも良かったとは到底考えられませんが、現在と比較の上で余裕というコトバが多くの人々にとって、もう少し実感としてあったのではないかと思います。
今読んでいる本の中にそんなノンビリとした時代のこんな実話が紹介されていました。

時は1940年、風雲急を告げる第二次世界大戦時のフランス、隣国ドイツが宣戦布告し、国境を越えてドイツ軍が今や遅しと怒濤のように押し寄せて来る直前、上へ下へと慌てふためくフランス政府で首相の愛人が数日間首相に代わり閣議を主催し、善後策を協議したとあります。
なんの権限や責任も持たない一般人の女性が戦時という国家緊急体制の時に愛人の首相を押しのけて、大臣を集めて閣議を招集し対策を協議したというのですから、「ホント?」とビックリするというか今から見れば笑うしかありません。
さぞやその愛人は女傑だったのでしょうが、いくらフランスがお国柄から女性に対して寛容であったとしても、居並ぶオトコどものだらしなさというか、深刻な事態とは裏腹になんとも言えない人の良さや、ほのぼのさが目に浮かびます。
こんなことは今も昔も我が日本で到底考えられませんが、フランスでもさすがに現代では考えられないんでしょうね。

このエピソードひとつだけを捉えて、今が〜昔が〜というのは全くナンセンスかもしれませんが、協議どころかそれをする前にボタンひとつで国家の命運が決まるような現代から比べると、なんとも人間味が溢れているというか、時間がノンビリと流れていたであろう古き良き時代のハナシではないかと、読みながらしばし当時に思いを馳せていました。

09.10.10
台湾より
先日の台湾旅行から戻って1ヶ月近く経ちましたが、そんな台湾から我が家に一枚の絵はがきが届きました。
台湾から?別に台湾に知り合いも無いしなあ、と思って中身を読むと差出人はTと署名があり、そう言えば〜と思い出しました。
最終日に総統府を見学したのですが、Tさんという名前の彼女はその総統府を見学したときに、単独行の私にマンツーマンでガイドをしてくれた通訳の女性でした。
聞くところによると以前に茨城県の短大で日本語を勉強したとの事で、総統府を見学する日本人にボランティアでガイドをしていると話してくれました。
そんな彼女から何故ハガキが来たのかということですが、総統府の見学の最後になって「年賀状を出しますので、日本の住所を教えてくれ」とのことでしたので、何の気なしに手帳に住所を書いたという訳です。
年賀状を呉れるということでしたので、こんな時期に早々にとビックリしましたが、読んでみるとハガキには綿々と現在の馬英九政権に対する不満が書かれていました。
もちろん私は台湾の政情などに詳しくはありませんので、はっきりとはわかりませんが、現政権がスタンスとして中国寄りだということは新聞などで目にしたことがあります。

それに対して前政権の陳水篇総統を彼女は支持していたんでしょうね、その偉業を讃えるような文面になっていて、それに対する現政権の中国寄りのスタンスに対しての厳しい批判の文面になっていました。
ただねえ、唐突にそんな内容のハガキが来ても私としてもどちらがどうとも言えず、異国の人間としては面食らうばかりです。

とは言え、そんな相手にさえも訴え、この実情を理解して欲しいという彼女の胸の内はなんとなく理解は出来ます。
国際社会に於いての現在の台湾の置かれている立場は、事情にうとい私にさえももなんとも微妙な位置だと映ります。
アメリカが空母を派遣し台湾海峡が緊張したのはそんなに昔ではなかったと思いますが、依然として中国は台湾を中国の一部として飲み込む積もりで、それだけに表面には出ない中台の緊張関係は今だに続いているようです。
(総統府の警備が厳しいのもうなずけますね)
もちろん台湾が中国の一部になれば、自由主義から共産主義へと体制が変わり今の生活は一変することは間違いないという危機感は、そこに暮らしている人たちには私らの想像以上かも知れません。

「袖すりあうも多少の縁」彼女の平穏な生活が変わらないのを祈るばかりですが、そんな台湾から見れば、日本の自民党政権から民主党政権に変わった事など、所詮「コップの中の嵐」程度かも知れませんね。
いらない心配をしなくて済む平和な国は本当にありがたいですね。

09.10.03
運動会の季節です。
青空の下、どこもかしこも運動会のシーズンたけなわです。
家の中にいても週末になりますと、どこからか軽やかな運動会のあの音楽が風にのって聞こえてきます。
この歳になってもあの軽快なマーチと子供達の歓声を聞きますと、なにやら身体中からアドレナリンが湧いてくるような気がして、元気付けられるような気がするのが不思議ですねえ〜。
パブロフの犬みたいですが、子供の頃から染みついた条件反射のなせるワザなんでしょうか。
運動会と言えば誰でも色んな思い出があると思います。
私の場合で言えば、弁当を食べているあいだに、出る種目が始まっていたことやら、ぶっちぎりの先頭だった二人三脚で最後のコーナーで転び、ダントツの最下位だったこと、(二人三脚はいったん転ぶと、起きあがって駆け出すのが大変でっせ、ホンマ)などなど、残念ながら人様からあんまり誉められるような思い出はありません。
友達の中で、幼稚園から小学校と運動会のかけっこでは必ず一位と無敗の戦績を誇るヤツがいました。
中学へ入っても自信満々、クラスでもトップで運動会のクラス代表に選ばれましたが、肝心の本番では他のクラスに混じっては残念ながら三位。
レース後、「世の中には早いヤツがおるなあ、生まれて初めて他人の背中を見ながら走った」と、笑わせてくれました。

考えてみれば世界中のアスリートが集まるオリンピックなどでもそうなんでしょうね。
それこそ生まれてこのかた、人の背中など見て走った事がない連中が集まって、その中でトップが決まる訳ですが、事前の情報では自分よりタイムの良い選手がいるとわかっていても、実際に走ってみて、口には出さずとも「こんな筈では。。。ショック」と思いながら走っている人たちも少なくないのではないでしょうか。
そんな2016年のオリンピックは、立候補むなしく見事落選
「あ、そうやっぱり」とTVでの街の声に残念がる人たちは少ないように思いましたので、これでいいんじゃないですか。
先進国でたらい回しの時代は段々と終わりを告げ、BRICsでもロシアと中国は開催しましたので、これからはブラジルなど発展めざましい国の登場になるんでしょうか?
果たして情熱の国ブラジルではどんなオリンピックになるのか、これはこれで楽しみに待ちたいと思います。

09.09.20
西部劇、いやウエスタン
近頃では「西部劇」と言っても「なにそれ?」と若い方にはピンとこないようです。
めったに新作も公開されませんので仕方ないのですが、往時の隆盛を知るオールド西部劇ファンのひとりとしてはまったく嘆かわしい限りです!
グチついでですが、そもそも近頃では「西部劇」つまりウエスタンというジャンル自体がなくなりつつあるんですからねえ。
以前は「TSUTAYA」へ行ってもちゃあんと「西部劇」という棚があり区分けされていて、立派なひとつのジャンルだったんですが、今では「アクション」の欄へ一緒くたにほうりこまれている始末...ああ情けない!

まあそんなグチを言ってても仕方が無いのですが、そんなところへ久しぶりに西部劇の新作が劇場公開されましたので、なにはともあれと映画館へ駆けつけました。
タイトルは「3時10分 決断の時」と言います。
私のようなオールド「西部劇」のファンでしたらこのタイトルを聞いてハハア〜ンと、ピンと来る方があると思います。
そうなんです、その昔「決断の3時10分」という知る人ぞ知る地味〜な「西部劇」の名作がありまして、今回はそのリメーク版と言う訳です。
今回の主演はラッセルクロウクリスチャンベイルという俳優さんですが、ちかごろ新作映画にはとんとご無沙汰なものでして、私はあんまりこの二人の俳優さんについては知りません。
(ファンの方スイマセン)
肝心の映画の方は、私もオリジナル版を思い出しながら鑑賞しましたが、リメーク版ですからベースのストーリーはそのままとは言え、昔に比べ劇中のアクションシーンなどは現代風にリアリティ重視に描かれていたような気がして、相応に見応えもありました。

ただ、現代風なのかバンバンと次から次へと登場人物が撃ち殺されるのは私的にはちょっとなのですが。。。とは言え詩情にあふれた昔のオリジナルの方が良かったとは決して申しません。
内容は見てのお楽しみということですが、贔屓目にみて★★★★くらいは保証しますので、若い方にはぜひこの機会に劇場まで足を運んで頂き、昔懐かしい「西部劇」というモノを味わって頂きたいと思います。

しかし土曜日の夜のあの閑散とした客の入りでは、果たしていつまで公開されているのやら。。。
※この後、大阪では早々に上映は打ち切られたようです、トホホ。

09.09.12
台湾にて。
台湾はかつて半世紀にわたり日本の領土で...くらいの知識はありましたが、歴史をひもときますと初代総督はかの西南の役での熊本城死守の将として知る人ぞ知る樺山資紀だそうです。
なるほねえ、維新の英雄はこんなところでも活躍していたんですね。
(ただ、当社は創業125年ですから、樺山総督台湾赴任より古い!)
ということは、当時は台湾行きは海外旅行ではなく国内旅行だったという訳か。。。なるほど。
さて、歴史のおさらいはこれぐらいにして、今年の社員旅行は「はるばる来たぜ台湾へ」となりました。

関空を飛び立ち3時間あまり、東支那海を越えるとそこは南国台湾。
予めの知識はそれほど無く台北の空港へ降りたったんですが、大阪の暑さともひと味違う肌にまつわりつくようなまったりとした空気と、現地の人達の携帯電話の声の大きさに、異国情緒を早々に感じた次第です。
空港からはバスに揺られて1時間余り、早速市内にそびえ立つ「台北101]を訪れ、その高さに感嘆し(ビビって)今回のお宿「ダイナスティホテル」へ無事に到着。
明けて次の日は白菜角煮で有名な(行かれた方ならわかります!)「故宮博物館」、あるいは「中正記念堂」などのお馴染みの台北市内の名所巡りを社員一同なごやかに楽しみました。

最後の三日目の午前中は自由行動とあって、私は地下鉄を利用して「総統府」を見学に出掛けました。
日本で言えば首相官邸にあたる総督府ですが、現在の総督は先の選挙で当選したハンサムな馬英九さん。
「あれはダメ、顔だけ」とは帰路に乗ったタクシーの運転手さんの言葉ですが、洋の東西を問わず時の権力者に点数が辛いのは世の習いでしょうかね。
肝心の総統府ですが、かつての日本統治時代の総督府の建物をそのままに使用しているらしく、赤煉瓦作りの歴史と威厳を感じさせられる建物です。
それなりに手を入れているのでしょうが、100年以上前の建物が現役で今だに異国で活躍しているのですから、その偉容を目のあたりにしますと、建てた側のひとりとしては少々誇らしげな感情が湧いてきます。
ただ、建物には日本の首相官邸のように塀はありませんので、交通量の多い道路から庭を挟んでむき出しの玄関の前には自動小銃を腰だめに構えた兵士が見張るといった、日本には無いような異様な緊張感が辺り一帯に漂っています。
我々が通る見学者入り口にも兵士が銃を手に仁王立ち、まずはパスポートを見せて手荷物は預け、ボディチェックの後にようやく入場OK。
また、館内は自由に歩き回れず、マンツーマンで案内掛かりが付いて、館内を紹介されながら廻ります。
展示内容はさほど目立つようなものもなく、台湾の歴史や風土あるいは文化やその生い立ちなどが紹介されていましたが、日本との長い戦いや統治時代への恨みなどはそれほど感じないような展示となっていましたのが、覚悟をしていただけに拍子抜けというか印象的でした。

というところで、近現代の歴史も垣間見れ納得の今回の台湾旅行ですが、一番印象に残っているモノと言えば、その名も怪しい「臭豆腐」とやら称する食べ物でした。
なにせその言葉通り、その屋台の10mあたり前からプーンと臭うのですからビックリです。
こんなニオイの食べ物が世の中に果たして存在するのか、表現に困るほどのニオイで、同行のO氏と違い私のようなデリケートな人間にはとても我慢出来ず、現物を見るどころか息を止めて早々にその場から逃げ出しました。
ということで、一度その臭いを嗅げば暫くはショックで立ち直れませんので、今後台湾へお出かけ予定の方はくれぐれも「臭豆腐」と看板にある夜店にはご注意を。