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オーダースーツのヨシムラ
お客様!いらっしゃ〜い!

 19世紀オーストリア軍の軍服
 オーダースーツを長らくやっておりますと、時々難敵というか、強者がやって来られます。
凄くコダワリがあったり、とても感覚的な所が敏感だったりと色々なのですが、そんな中、今月はかつて無かったような難しいご注文を頂いたお客様をご紹介したいと思います。

お客様は、社交ダンスがお好きでオーストリアのウィーンまで毎年行かれてダンスをするという酒井様。今回は珍しく実名でご登場です!
リクエストは 19世紀オーストリア軍軍服のご注文です。

軍服というと、もはやスーツを通り越しており、現在のテーラー業界では殆ど取り扱えないと思いますが、スーツにせよコートにせよ軍服はそのルーツ(あるいは派生形)の1つですから是非、スーツの文化・欧米文化を知るためにも是非ご覧下さい。
また、まだまだこういった物を作る・作れる技術が日本にも残っていることを感じていただければと思いご紹介いたします。

それでは、少し19世紀オーストリアのお話からいたしますと。。。
時は19世紀。
小国の乱立していたヨーロッパ大陸では、第二次産業革命の波に乗り遅れまいと民族統一の機運が高まっていました。
その中で現在のドイツ周辺では、普墺戦争(ふおうせんそう プロイセンVSオーストリア帝国)を制したプロイセン王国が強大化する中、オーストリアでは中・東欧の多民族国家としてのオーストリアが誕生します。
そして、この多民族国家は強大なプロイセンを前に軍事的にも団結し、それぞれの民族ごとに軍服が作られ、これは後々のヨーロッパ各国の軍服のルーツになっています。

少し自信がないので詳しくはこちらをどうぞ、、、(当時の軍服が沢山掲載されています!)
ウィキペディア>>“軍服オーストリア”

そして当時の軍服はドイツ系、ハンガリー系といった民族的な違いもさることながら、官位・階級所属に応じて制服の形も色も種類もそれぞれ異なっており、これが第一次大戦、第二次大戦、もちろん旧日本軍の軍服、更には現代の軍服にも大きく影響を及ぼしています。

さて、
そんな19世紀の軍服ですが、お客様である酒井さんからのご要望が具体的にどんなだったかと申しますと・・・

初めはこんな1通のメールから始まります。(日付があまりに古くてビックリですね♪)
2010.10.18 件名:仮縫い付きフルオーダーのお問い合わせ
吉村株式会社 ご担当者さま

初めまして。HPを拝見して問い合わせを致しました酒井と申します。
今回19世紀のオーストリア軍服を再現したいと考えており、貴社の仮縫い付きフルオーダーでお作りいただけるかお問い合わせを致します。

形態につきましては2種類画像を添付致しますのでご参照下さい。
・19世紀前半軍服
・19世紀後半軍服

最終的には両方作りたいと思いますが、どちらか片方作った後、もう一方を作製するといった手順でお願い致します。

条件等
・仮縫い付きフルオーダー
・生地は国産
 白生地 毛100%もしくは毛とポリエステル混紡、純白〜オフホワイトの間で選択 厚さ中程度
 赤生地 毛100%もしくは毛とポリエステル混紡、赤〜朱の間で選択 厚さ中程度
・襟や袖の金モール、タスキや勲章等のパーツは全てこちらで用意します

資料や実物の写真、また19世紀後半のスーツ型は自作の服もありますので、それらを基にご相談頂けましたら幸いです。
ご検討よろしくお願い申し上げます。
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ウィーン舞踏会普及協会 http://www.wienball.org/
代表  酒井 崇 
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東京SHOPMASTERより一言・ ・ ・

 えっ!?  19世紀オーストリア軍服 金モール??タスキ、勲章???
なんか凄いことになりそうです。
それでは頂いたイラストをご覧下さい。


イラストでは白とオレンジ色ですが、実際には白と赤なのだそうですが、さすが軍服だけあって格好いいですね。
これに襟・袖に金モール、胸には勲章、肩からはタスキですか・・・

ざっとこのイラストを拝見しただけで、次のような所が普通のスーツと違うところのようです。

□ 通常スーツとの相違点 □
 打ち合い 
普通の打ち合いではなくスタンドカラー。学生服の詰め襟のような感じです。
これはこれでマオカラーというのがあるので大丈夫ですが、こういったフルオーダー的な詰め襟の場合、襟の高さやフロントの開き具合の調整などが通常1回の仮縫いでは出来ず大変です...スーツの顔ですしね (^^;)
 背中
普通のスーツと違って背中の真ん中に縫い合わせがありません
代わりに脇から丸くダーツのように縫い合わせを作り、それが腰の部分でベントと一体化しています。
これはまさしく現代の燕尾服やモーニングのルーツですね。
(イージーオーダーでは不可。ハンドメイドなら可能な仕立てです。)
 腰の
 切り返し 
こちらも燕尾やモーニング、フロックコートでやるやり方です。
何故、腰に切り返しを入れるかというと、これによってヒップをより立体的に表現することが可能になるからですが、普通は一人縫いの職人でやる仕事です。
 袖先
袖先だけオレンジ色になっていますが、これはそこだけ別生地で仕立てるということでしょうか?
...だとしますと結構手間が掛かります。
 正面図
 下半身の
 オレンジ色 
正面から見たイラストの下半身がオレンジなのはなんなんでしょうか?
正面がオレンジで、後ろが白?どこでどう切り替えるのでしょうか?
この辺は良く分からないので後日酒井さんから直接伺うことにしましょう...
 側章 イラストでは黄色ですが、本チャンはひょっとして金属製ですか?
だとすると、、、かなりの手間の掛かる作業になりそうです!
・・・とまぁ、イラストを見るだけで結構大変そうなことが分かり、こりゃ通常料金じゃ絶対無理!と思い、早速こんなメールをお送りしました。
10.10.18 件名:お問い合わせ有難うございました。
酒井様

こんにちは、オーダースーツのヨシムラ(吉村)です。
ようやく秋らしい過ごしやすい時期になりましたが如何お過ごしでしょうか?
先程はHPをご覧になってのお問い合わせメールを、ありがとうございました。

酒井さんは、何でも19世紀の軍服をお仕立てになられたいとのこと。
私も仕事柄、とても興味があり、観光で鹿児島(知覧)に入った際特攻隊の資料館の中で展示してあった軍服を目を皿のようにして見入ったのを覚えております。

さて
ご相談の件ですが、ボタンや肩章、刺繍類など軍服ならではの物は私共にはご用意する手だてがないのですが、この辺をご用意頂けるのでしたらお仕立てその物は出来るかと思います。
また、生地の方も国産でウール100%。でしたら問題なくご用意できます。
ただ、赤だけは多分手短な物ではないと思いますので、こちらだけはオリジナルで染めることになろうかと思いますが多少はお時間を頂くとしても大丈夫です。ご安心下さい。

その上で、一番の問題になってくるのは費用かと思います。
当店では、通常仮縫い付きフルオーダーで通常スーツ価格+55,000円頂戴しておりますが、さすがに今回の物は腰の切り替えやダーツ処理など燕尾やモーニングをベースにしておりますので、非常に凝った作りになっています。
加えて、ディテール等々もかなり凝っておりますので、上記のご金額では到底難しく、倍以上頂かないと勘定が合いません

単刀直入に申しますが酒井様の方では1着ご予算いくら位でお考えになられていますか?

よろしければこの辺も併せてお聞かせ頂ければ幸いです。
どうぞ宜しくお願いいたします。
以上簡単ですが取り急ぎご案内まで

オーダースーツのヨシムラ  東京SHOPMASTER 吉村雅隆

東京SHOPMASTERより一言・ ・ ・

 ふ〜っ、やっぱり通常の倍以上は料金が掛かるよな。。。
これで了解してくれるかな???
でも、金額のことは大切だから先にお伝えしておかないと、、、と思い、こんなメールを出したのですが、その後酒井さんからはOKとのお話を頂き、早速ご注文の詳細に取り掛かることに致しました。

ですが、、、
ここからのお話が長い!長い!!長い!!!
縫製作業に取り掛かるまでに2ヶ月
仮縫い作業に取り掛かってから2ヶ月
縫製作業に2ヶ月も掛かってしまいます。

かいつまんでお話ししますと・・・(今回は途中まで)
■ 生地選び ■
 今回のご注文はの生地。
ということで、普通はこんな色の生地を用意しているお店はありませんので、特注・別注対応するのですが、当社は時々矢沢永吉の永ちゃんスーツのご依頼を頂いておりましたので、赤白とも在庫がありました。

それを酒井さんにご覧いただくと・・・NG

どうやら、当時の素材感は今よりもグッと重量感があるため、矢沢スーツで使う生地だと軽すぎてダメなんだそうです...
そうですよね、、、

軍服は重厚感も大切です。

そこで、国内メーカーでは私が一番信頼を置いている葛利毛織さんにお願いしました。
私: 葛谷社長(葛利毛織の社長)、1〜2着分なんですけど生機(きばたから染めて頂けませんか?
:生機(きばた)とは染色していないこれから染色する段階の生地
葛谷氏: 良いですよ〜。でも、ちょっと割高になることは勘弁ね。
私: ビーカーを取ることは可能ですか?
:ビーカーとは、染色する際に何色か色見本を作ること。今回は赤だけで4色作って貰いました。
葛谷氏: 暮れで忙しいから年内ギリギリになっちゃうけど、了解です!
私: 葛谷社長ありがとうございます!!
Sさん: 了解、じゃぁ連絡待ってますね。
・・・てな具合で、まずはビーカーサンプルを作って貰い、それを酒井さんにご覧いただき色を決めて、それから葛利さんに改めて染めて貰いました。
もちろん、その前には下地を何種類かご覧いただいて、下地を決めて貰っています。

大変でしょ、、、普通個別のオーダーでここまでやらないですよ。
私も反物で色出し・柄出しをすることは何でもありますが個別オーダーでここまでやったことはありませんでした。
さすがに商売にならないですから。。。
今回このような個別対応したのはその後酒井さんがこの軍服でご商売されるという話を伺っていたためです。普段のオーダーではここまで個別対応は出来ませんのでご理解下さい。

さぁ、こうして生地の染色をしている間にも、酒井さんとの打ち合わせは続きます。
次の打ち合わせは襟や袖に付ける金のモール・勲章です。

何でも、こういった素材は特別の業者があるとのことで、酒井さんはヨーロッパから直接購入しているのだそうで、今はその業者さんとメールでやり取りしているのだそうです。
何でも入荷が1〜2月位になるとか。。。

画像は別件でお持ち頂いた同様の金属刺繍
画像では分かりませんが金属製ですから重量があります。
針通るのかな?錆たりしないかな?
普段にない心配が頭をよぎります。
ちなみに手前の太い物が袖用。奥の細めの物が首周りに付ける襟用です。

■ デザイン決定 ■
 そこで、生地が染め上がるまでの間はデザインの打ち合わせをしておりました。

基本的には、前掲のイラスト通りの雰囲気なのですが、詳細になると色々大変でした。。。
最終的なデザインやどんなところが大変か?と言いますとこんな感じです。

□ 最終デザイン □
 襟型 
スタンドカラー
襟は、生地が織り上がったらそれを現地に送り、その上に刺繍を施す手の入れ込みよう。
 ボタン数
9個(穴かがりだけでも大変!)
 打ち合い 
フロントの合わせを打ち合いと言いますが、改めてイラストをご覧下さい!
少し縁がオレンジになっていますよね。
これは裏側(見返し)の生地を赤にしてそれがほんのちょっとだけ表に出るという事なのです!!
正直むちゃくちゃ手間が掛かり高い精度が要求されます×××
 袖先
袖先だけオレンジ色になっていますが、これはそこだけ別生地で仕立てるということでしょうか?
...だとしますと結構手間が掛かります。
 袖  袖は切り返し付き。
 背中 背中はイラスト通りの燕尾服仕様
腰の内側には手袋を入れるポケットまで付ける本格派!
 ボトム ボトムは股上の深〜い仕立て。
ウエストの帯は10cm!(普通は3.5cm位)
 側章 側章はやっぱり金属刺繍
上から貼り付ける訳にはいかないので、かなり大変です!
しかもそれを2本付ける訳ですからこちらも大変!
(通常のタキシードではサテン系の柔らかい生地を1本付けます)
 その他 勲章取り付け
普通想像するのはワッペンのような飾りの勲章ですが酒井さんは本物志向(レプリカ)だそうで、こちらも金属製だそうです。
これまた針が通らず難しそう...
と、まぁ、生地が出来る前にここまで決め、生地の染め上がり待っていたところ、待望の生地が入荷!
早速、酒井さんのサイズで仮縫いをご用意しました。

画像は染め上がった生地。
例え白であってもきちんと生機から染めています。
DOMINXは葛利毛織の商標です。

■ 仮縫い ■
 仮縫いの方は、今年の1〜2月に掛けて行いました。(大変手間の掛かるオーダーでしたのでご協力いただき閑散期にやらせて頂きました。)

身体に合わせる仮縫い作業は、こちらは普段から慣れていますのでそれほど問題はないのですが、それでも襟の高さ・角度や燕尾の長さ、上着とパンツのバランスなど普段にはない気遣いがあり結構大変でした。
   :仮縫い時の写真を取り忘れてしまってゴメンナサイ。

さて、さて
こうして半年がかりで苦労を重ねた19世紀オーストリア軍服。
どんな仕上がりになったのでしょうか?
実は原稿作成時点(H23.06)には既に出来上がっており、WebにUPすることも可能だったんですが、そうなると本稿が長くなりすぎるため、こちらの仕上がりは次回改めてご紹介いたしたいと思います。

ビックリするような仕上がりですから楽しみにしていて下さいね。

それではまた!

■ おまけ:ウィーン舞踏会普及協会 ■
http://www.wienball.org/ (当社外のサイトです。)
 今回ご注文頂いた酒井さんは個人でウィーン舞踏会普及協会という団体を作っています。

そこでちょっとだけウィーンの舞踏会について伺ってみますと。。。(私も良く知らないのですが...)
 ウィーンと言えばウィーンフィルをはじめクラシック音楽が有名ですが、クラシック音楽が盛んということは、それに応じたダンスもまた普及しているそうです。

そしてその舞踏会には通常の燕尾服を着るような社交ダンスの他、よく言われる仮面舞踏会や医師や弁護士などの業界舞踏会(日本で言うセレブのパーティー?)、そして、軍服を着て踊る軍人舞踏会があるそうです。

なんか、坂の上の雲で主人公の一人秋山真之の友(広瀬武夫)がロシアでアリアズナと踊ったイメージが彷彿されますが、まさにその世界が今でも残っていて、特に軍人舞踏会はその華やかさからか大変人気のある舞踏会なのだそうです。

冒頭でご紹介したウィキのURLのトップ画像でも楽しそうに軍服を着ている人達が掲載されていましたが、一部の軍服マニア、ミリタリーマニアとかではなく純粋に華やかな軍服を楽しみたいという方がいらしゃるようです。

ご興味のある方は ウィーン舞踏会普及協会をご覧になってみて下さい。