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サービス |
| 今年のGWは前半が天気も良いとの予報で、早い内にと連休最初のみどりの日に京都市内へ足を伸ばしました。 NHKの大河ドラマで話題の、新撰組の足跡を訪ねてみようと、ハヤリ物に弱い私らしく思い立った次第です。
二条城から、壬生の屯所跡かいわいまで、真夏を思わせる京の油照り、いわゆるカンカン照りの中、ガイドブック片手にハイキングさながら歩き回りました。ここが、大政奉還の布告された大広間、ここが芹沢鴨の暗殺場所と、つい150年程前の生々しい歴史の舞台は、現代の我々にもその事実を雄弁に語りかけてくれます。 さて、その道中での事ですが、事情がありやむなくタクシーを利用しました。 運良く乗ったタクシーは関西で有名なM●タクシーさんです。 ●Kタクシーと言えば安くて、サービスも良く、おまけにオシャレな制服も評判のタクシー会社ですが、私は初めて利用させてもらいました。 乗車と同時に『ありがとうございます私M●タクシーの▲▲と申します』と挨拶があり帽子を脱いでペコリとお辞儀をされます。 つられて思わず,こちらもお願いしますと頭を下げます。 近距離でしたが、世間話も弾みなごやかな雰囲気の内に到着、停車するやいなや運転手さん先に下り前から回り込み、さながらお抱えの運転手さんのごとくドアを開けてくれます。 噂には聞いていましたが、上品かつ丁寧な接客振りはお客としては大満足。 同じお金を払うなら、こういう気分に払いたいものと、我が身の商売に置き換えて自戒した一日でした。 |
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じっくり見れば |
| 日曜日の遅い朝食を済ませ、なにげなくTVのチャンネルを回していると、NHKで全国植樹祭の中継が目に留まりました。 いろんな番組もあるものと、見るとはなしにしばらく見ていると天皇、皇后両陛下が臨席のもと厳かに式次第が繰り広げられてゆきました。 祭典のクライマックスは、やおら両陛下が席を立たれての、お手植えによる植樹です。 4月の陽光に照らされて、くっきりと天皇陛下のスーツ姿もアップで拝見しました。 そこで、商売気がむっくりと、改めて陛下のスーツ姿を観察すると... ●ダブルの6ボタン2掛け ●ボタン位置高め ●ノーベント ●背抜き ●素材・・・TV画面から推測すると舶来のモヘア混ではなく、Super100'Sあたりでもなさそう。。。国産高級品(ミユキ?)あたりか? スタイルとしては、今風のスリムなシルエットで、肩幅も狭く袖丈などもわずかにシャツも覗く長さで、ジャストフィット(当たり前?)、どこのお店のお仕立てかは知りませんが、納得の仕事と見ました。 ☆★ おまけ ★☆ 列席の宮崎県知事のスーツは、明らかにモヘアの高率混と分かるような素材で、サイドベンツが陽光にキラキラ、風にひらひらと舞っていました。 と、ひとまずは穏やかな昼下がりの光景も、スーツ屋にとっては興味ある被写体の一つとなりました。 |
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趣味も仕事のうち |
| 本日お見えになったお客様は、先日からメールを頂いていたMさんです。 Mさん実は、航空自衛隊幹部候補生学校の生徒さんで、今年の九月に卒業の見込みです。 幹部候補生学校は、防衛大学を卒業された自衛官の次のステップとして、文字どおり幹部を養成するための学校で、Mさんも日夜勉学に、訓練にと励んでおられるとのことです。 ...かく言う私もかつては、今も宮崎にある航空大学校に憧れましたが、視力が足りない(学力も?)為、やむなく断念した思いがあります。 それもあり、Mさんが空自ということを聞きつけ、仕事半分、興味半分でお待ちしていました。 採寸やデザインの打ち合わせの間を縫い、根ほり葉ほりと聞きまくります。 Mさんには折角のスーツのオーダーで仕事の話ばかり聞かれてと、困惑されたかと思いますが、空自オタクに捕まったのが災難と思い勘弁してください。 商売柄色々な職業の方にお話を聞けるのも役得です。 確か大阪店で空自の方は二人目、今度は陸自の方などお見えにならないかと、秘かに期待しております。 |
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そろそろ陽差しもきつくなり |
| 大阪は桜の季節も終わり、晴れれば夏、雨が降れば冬の不安定な季節を迎えています。 スーツの素材もかつてのように冬専門のゴツイ素材は影を潜め、昔で言うところの合物が今や真っ盛り。 そんな生地は頼りないと思うのは年寄りの証拠とばかり、真夏以外はいつでもOKな素材のオンパレードです。 とりわけ夏用の素材は、かつては向こうが透けてるような素材がもてはやされた時代もありましたが、特に若い人には、背中のワイシャツが透けて見えるのはいかにもオジンくさいと敬遠され、今や希少価値扱いです。 もちろん、量販店では「クールなんとか」や「サマーなんとか」と素材面での工夫や仕立て面での工夫を施し、真夏の閑散期を乗り切ろうと躍起ですが、Tシャツひとつでも汗みどろになる日本の夏は、所詮どんな工夫をしたスーツを着ても暑いのは変わりません!! 大体日本の夏は(ちょっと興奮気味か)スーツを着るのに適した環境に非ずで、お客様から『これ、真夏に着られますか?』との問いかけには、私は基本的に英国の夏を想定して作られている洋服地は日本では厳しいと、正直にお答えしています。 ただエアコンも完備し、炎天下を歩くことも少なくなった今は、着用環境の助けてもありで、かえって夏服の需要は増えているように思います。 なにはともあれ、夏は嫌でもやってきます。 私などは、商売柄汗をかかない体質になっていますので、別段夏も苦にならず、汗びっしょりの方など拝見するとお気の毒ですが、あれはあれで『その後のビールの味も格別か』と、下戸の私でも羨ましい気もします。 |
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Cloth landオープン |
| オーダースーツのサイトと直接的には結びつきませんが、当社は元々はこっちが本職です。 生地卸売り部門の切り札として、念願の生地の通販サイトがオープンの運びとなりました。 その名も『Cloth Land(クロスランド)』 どうです?ちょっとかっこいいでしょ!? 名前ひとつとってもセンスが肝心、もちろんのことプロのネーミングです。 ただ、オープンに至るまでは担当の閏間氏を始めスタッフの苦労は並大抵ではありません。 夜も寝ずの日が続き、寝食を忘れた日々の集大成です。(ちょっとオーバーかな...) そしてまた、難産の子は可愛いのですが、生まれた赤ん坊を大きく素直にそだてるのも一苦労です。 我々の努力は申すまでもありませんが、皆様にもご贔屓よろしく、温かい目で見守ってやって下さい。 皆様の周りに洋裁をされる方ご存知でしたら、ぜひご案内よろしくお願い致します。 ちなみにCloth Landへのアクセスはこちらからどうぞ! Cloth Land生地のヨシムラ |
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ロシアンルーレット |
| 一ヶ月ぶりに、東京ショップマスター(社長です)が来阪し、昼は打ち合わせやらでバタバタと仕事をしたお陰で、夜は久し振りに大阪のスタッフとも打ち揃い、にぎやかに飲み会へとなだれ込みです。 ご近所の行きつけの小料理屋さんで、山海の珍味に舌鼓、飲めない私はメニューを小脇に、次から次へと料理を平らげてゆきます。 宴たけなわを迎え、次なるメニューは生ガキです。 個数は3つ、社長と私と藤本が分け合いながらおいしく頂きました。 ワイワイがやがやとなごやかな内にお開きの時間を迎え、と同時になぜかお腹がグルグルと鳴り出します。 帰りの車中少し気分がすぐれない、あんなちょっとのお酒がまわったのかな? 帰宅するなり腹痛がひどくトイレへ直行、寝れば直るかとその夜は早々とフトンに潜り込みました。 これはひょっとしてカキかな?と思いつつ夜中にもトイレ通いの有様。 明けて次の日、朝から腹痛と吐き気で最悪、病院へ行くか会社を休むか、病気ごときで会社を休むのもしゃくにさわると、薬で抑えひとまず会社へ。 ところが出社すると、藤本から体調が悪く休むという連絡が....やっぱりそうか、あのカキが犯人と判明。 ところが、同じカキを食べても社長は元気に出社、どうしたの?とばかりに怪訝な顔。 俗にRのつく月まで、牡蠣は大丈夫と聞いてたのですが、まだMarchです 翌日にはお陰で完治しましたが、この程度で済んだのは不幸中の幸いかと思いますが、皆さんもご用心下さい! いずれにしても確率の高いロシアンルーレットの巻でした。 |
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突撃!社員旅行 |
| 今年もやってきました恒例のお楽しみ人の迷惑省みず(お客様各位すみません!)の社員揃っての団体旅行です。 今年は、飛騨は高山への二泊三日の遠征となりました。 東京組とは岐阜で合流、一路高山めがけ列車は進み、車内では久し振りの東京組との再会とあって話がはずみます。 ...と言えば聞こえはいいのですが、道中出来上がる人は既に出来上がっていますので、てんでバラバラに訳のわからない事をわめいたり、勝手に血を流している人がいたり、と相変わらず賑やかな道中です。 着いた飛騨高山は、てっきりひなびた宿場町と、勝手に思いこんでいた私はバカでした。 駅前にはホテルが並び、タクシーが列をなし、人もゾロゾロと、これにはビックリ! そしてへべれけ状態含む一行は、ひとまずチェックインまでの合間に市内観光へと繰り出しました。 歴史を感じさせる町並みや、昔ながらの落ち着いたたたずまいは、訪れる人の心を癒してくれます。(ただし、正気なら)
高山でもひときわ目を引く白亜のホテルは、山の中腹にそびえる、今流行のリゾートタイプ。 着くなり早速お風呂へ直行、お約束の露天風呂もありで、旅の疲れとアルコールを洗い流します。 6時からは宴会へとなだれ込み、お後はご想像通りの無礼講。 山海の珍味に舌鼓、流したアルコールの再補充も完了と、仕事以上に段取りはテキパキと進み、一次会もつつがなく終了。 二次会も場所は変えてもメンバーは一緒。 夜も更けるごとに宴は賑わい、翌朝までの猛者のなかにレディースの藤本も参加とはやはり頼もしい。 二日目は、バスで世界遺産の白川郷へと繰り出しました。 とは言え、車内は三次会状態、飲み食い&昼寝の2時間余りはアッと言う間に過ぎて、白川郷へ無事到着です。 これが噂に聞く合掌造りかと、見学ルートをたどりながら、しばしカルチャーの世界に浸ります。 ここでのお勧めは、駐車場横の飛騨牛の焼きたて串刺しと飛騨牛の揚げたてコロッケ、そして駐車場からやや離れた、地元のおばあさんが販売している赤かぶの漬け物、特にこの漬け物は絶品でした。 おばあさんに「なぜ、この赤かぶと、この赤かぶで値段が違うの?」と聞くと、「作ってる人が違う!」と一言。理路整然とした答えにも納得です。 昼食も済ませ、残雪に埋もれた白川郷を後に酔っぱらい共を積み込み、バスは高山へと引き返えします。 そして、この後が今回のユニークな趣向というかハッキリいって仕事です。 詳しいところは、東京ショップマスターの「お客様いらっしゃ〜い」をご覧いただくとして、高山の人の人情に触れたような、暖かみのあるお仕事になりました。 そして、二日目の夜もこれまた宴会ですが、メニューは打って変わりフランス料理とはこれいかに。 仕事ついでに持参の紺ブレなど着込み、我ながら似合わないフランス料理を前に、ワインをちびちびと飲りながらの宴会は、幹事北クン苦心の作です。 自腹でフランス料理は、死ぬまで絶対にあり得ないので、これはこれで良い体験でした。 ただ、ご飯がないのが玉にキズ、パンごときで腹がふくれるか!と通常の宴会でも始まるやいなや、「ご飯」とリクエストする小生にとっては、残念至極。 フレンチにはご飯が、いつの日にか当たり前の時代が来るよう切に祈ります。 明けて三日目は天気も穏やかで、山深い雪国にも春の予感を思わせる陽気でした。 帰る列車の待ち時間を利用して、最後の観光とお土産もの探し。 五平餅やさるぼぼ人形の定番グッズを初め、来られなかった人達へのお土産で、鞄はずっしりと重い。 帰りの車中は、さすがに皆さんお疲れモード、グーグーいびきも高らかに、想い出を胸に家路へと急ぎます。 ホテルの窓から見た雪を頂いた北アルプスの峰々、仕事がてらに触れた素朴な人情、露天風呂から見上げた満天の星、市内に残る「代官所」などの由緒有る建物、白川郷の合掌造りに見る人間の知恵、酔っぱらいの怖さ・・・などなど今回の旅行も沢山の想い出に残るモノとなりました。 今や、秘境と言われた飛騨も、高速を使えば大阪や東京からもかなり便利な様子です。 これからの春の飛騨はいいかもと、私から、いやヨシムラ一同からのお勧めです。 |
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長嶋さんごゆっくり |
| ミスターこと長嶋さんが倒れてはや一週間余り、スポーツ紙の一面には相変わらず病状報告が載る毎日です。 さすがはミスタープロ野球というか国民的アイドルオジサンというか、人気の程はさすがですが、ちょっとばかり病人をつかまえて気の毒なコメントが気になりますね。 曰く、オリンピックの監督は長嶋さんしかいない、だから早く病気を克服して元気な顔を見せてくれと。 私は阪神ファンを半世紀近くにわたり勤めています、宿敵巨人の主砲として長嶋 !!(あえて呼び捨てにします)のお陰でどれほど泣かされ苦汁を飲まされたことか... あの場面、このシーンと、思い出すだに腹が立つ存在です長嶋は。 あの甲子園の8回表に江夏からの右中間への逆転...いやもうやめましょう。 現役後は監督となり、ここでも阪神の前に立ちはだかり、何度も引き立て役を務めさせられた(英語ではドアマットチームというらしいですね)ものでした。 その憎き長嶋さんももはや70才間近、その人生の長きを第一線で活躍し、また現役引退後のほのぼのとしたキャラクターは、我々敵側の人間にも親しみを抱かせる存在となり、オリンピックの監督としても適任と、楽しみにしていました。 それがここへ来てのこの事態、やはり長嶋さんも生身の人間で、寄る年波には勝てずかと、あの野生的とさえいわれた憎っくき長嶋を知る者にとってはちょっぴりショックです。 しかし、ここに至っては長嶋さんもただの病人、病床の枕元で「長嶋さん、アテネのオリンピックが待ってますよ」とばかりの早く出てこいコールには、ハッキリいって腹が立ちます。 ここは「長嶋さん、ゆっくり気兼ねなく養生してください、あとのことは我々がやりますから」と安心させてあげるのが人の道ではないでしょうか。 マスコミ始め、いかにも長嶋さんの理解者の如くしたり顔で、自分の商売のネタにしている連中の多さにビックリしますね。 長嶋さん、ここはじっくりと病気を治し、鋭気を養ってください、北京五輪の監督で現場復帰目指して頑張りましょう、フレーフレーチョウさん。 |
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時代の証言者 |
| 読売新聞で連載中の石津謙介さんの『時代の証言者』の連載が終わりました。 文字どおり各ジャンルの主役を務めた人達の生き様をたどった興味深い連載で、服飾業界では石津謙介さんが代表選手として取り上げられました。 石津さんは幼少の頃よりファッションに興味を持ち、「VAN]を創業し、ついには400億のブランドに育て上げ、そしてそれが瓦解してゆくまでをリアルに証言しています。 私は正直言ってその当時の、「VAN」に非ずんば人に非ず的な鼻持ちならない姿勢には反感を抱いた一人ですが、連載を読むうち、文字通り1から「VAN」という日本のファッション史に輝くブランドを育て上げたエネルギーと才能には改めて感服させられました。 また「トレーナー」「スイングトップ」「TPO」などが石津さんの造語とは、恥ずかしながらこの連載で初めて知りました。 「倒産」の記者会見に何を着ていこうか?と思案するところなど、石津さんのデザイナーとしての面目躍如たるところと思わず笑ってしまいました。やはりそれでこそアパレルの経営者ですね。 またその当時、デザイナーと経営者の二足の草鞋など務まるかと、世間ではそれ見たことかとやっかみ半分で噂しあった事も思い出されます。 記事によると「VAN」の卒業生からは日本を代表するようなアパレルの経営者を初め、沢山の門下生を育て上げ我が国の服飾界に多くの人材を供給し、今なお「VAN」のスピリットは脈々と流れ受け継がれているようです。 その証拠に当社のお客様のご注文で「VAN」の I 型で仕立ててとおっしゃられる事も珍しくなく、今は無き「VAN」へのノスタルジアはお客さまにとってもひとしおのようです。 私も以前一度だけ「生石津」を間近で拝見しましたが得も言われぬオーラが漂っていたように記憶しています。 90才を超えた今もなお、現役でかくしゃくとしておられ服飾界の重鎮として活躍のご様子です。 海外ブランドが跋扈し、生産拠点が中国へと移ってしまった今のファッション界をどう見ておられるのか、ぜひ活を聞きたいものです。 |
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事故 |
| 2日前には当社のバイト君が左折の折り、電信柱に車体を寄せ過ぎゴリゴリと車を曲げたかと思うと、今度は営業のO氏が高速道路でセンターラインオーバーの車に横っ腹に突っ込まれ、あげくに側壁までぶっ飛ばされ車は大破するという事故にあいました。 幸いにも当社社員O氏はかすり傷ひとつなく無事でしたが聞いた瞬間はゾッとしました。 当社の卸部門は、営業員が車で遠隔地のお客様へは訪問して生地を販売する事もあり、常に事故と隣り合わせの危険をはらんでいます。 日々の出張地からの報告には売上げもさることながら、今日も1日無事で終わったとの連絡も兼ねているため2,3日連絡が途絶えると何事も無ければとの思いもよぎります。 ただ当の営業員は親の心子知らずの例えで、仕事にかまけてついうっかりと連絡を入れ忘れることもしばしば、気を揉むこちらの身になれと言いたくなります。 なにはともあれ、たまたま今回は何メートルか0.1秒かの差で事なきを得ましたが、他人事ではありません。 気を付けないと事故はあなたを待っていますよ、悪魔の大鎌が振り下ろされないことを切に祈ります。おお〜怖い! |