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オーダースーツのヨシムラ
お客様!いらっしゃ〜い!
 ウエストってどこまで絞れる? 
オーダースーツの仕立てをやっていますと時々『不思議だな〜?』とふと 思うことがあります。
今回の「不思議だな〜?」はちょうど今月初め頃、レディースサイトで『100%メンズの仕立てをやりたい!』という女性のお客さまのことを話題にしていた時、ほとんど同じタイミングで私自身がお受けしていた男性のお客さまで『思いっきりウエストを絞ったスーツが欲しい』というご注文を受けていた事でした。
女性が男性的、そして男性が女性的なデザイン?
なんかこんがらがってしまうようですが、今回はそんなウエストの絞りにこだわりをもつKさんをご紹介したいと思います。

まずは、こんな形でサンプル帳のご請求がありました。
03.6.1
件名:サンプル請求フォーム
1.サンプル種類: 紳士春夏物
2.お名前: K
3.メールアドレス: k-*****@f8.dion.ne.jp
4-1.ご住所: 神奈川県藤沢市************
5.TEL: 046-622*****
6.連絡事項: 思いきりシェイプの入ったスーツ好みなのですが、既製品ではウエストに合わせるとチェストがきつく胸に合わせるとウエストの絞りが甘くなってしまいます。(一部のインポート物、D&G等には比較的あう物があります。)
スーツはディテールに凝るのは楽しいですが、何よりもシルエット美しさ(とサイジング)を重視します。
7.オーダー方法: 直接採寸希望
8.ご年齢: 36〜40歳
9.お好みの色柄: 無地系
★☆★SHOPMASTERより一言・・・★☆★
皆さんからのサンプル帳のご請求は↑のような形で当店に届きます。
特に連絡事項やご年齢などは大切で顔を知らない間柄で色々とご提案するときには非常に役立ちます。
ですから、好みやこだわりのある方はドシドシ記入してくださいね。

そして、Kさんの場合、私は当初↑の内容を次のように理解していました。

Kさんは30代後半
ウエストの絞りを随分意識しているな...
でもご年齢的には「絞りをきつく」と言っても20代前半の締まった身体ではないだろうから程々位の絞りだな。
 etc...と、まぁ Kさんには今となっては大変失礼なのですがこれ位に考えておりました。
 でもこの想像力というのは時として大切なんです・・・

そして、サンプルをお送りするに当たり一通りのご案内をしてサンプル帳をお届けすると早速Kさんからご連絡が入りました。
03.6.1
件名:オーダーしたいので採寸お願いします。
オーダースーツのヨシムラ さん
6/3に生地サンプルを送って頂いたKです。
そちらでのオーダーを希望しますので、東京店での採寸をお願いします。
6/9、6/10 のどちらかお店の方の来客スケジュールの都合の良い日に伺いたいのですが大丈夫ですか?

今回オーダーしたいのは盛夏用のフォーマル(ブラックスーツ)で
生地:BF-303
スタイル:シングル、ピークドラペル、一つボタン(拝みボタン)、スクエアショルダー、強いウエストシェイプ
・・・といった感じのものです。

また今回のスーツに限らず私の好みはスクエアorコンケープドの造形的な肩張りのあるチェスト、から続く思いきり絞られたウエスト、裾は体に沿って広がりそのままパンツにつながる、、と言うような、グラマラス・クラシコイタリア風?
とでも言うタイプのものです。
素材にしても光沢がありドレープが綺麗なカシミアやシルクが入った物やベルベットなど大好きで、結果としてある種「耽美趣味」?なものになる様な気がします。
(今回は夏の葬儀を意識して生地を選びました)
来店日時の件 連絡をお待ちしています。(時間は午前中も可です)(藤沢市 K)
★☆★SHOPMASTERより一言・・・★☆★
このメールを読んで、アレッ、Kさんってちょっとこだわり強い?
正直意外や意外です。
一般論ですが、オーダーをお受けしていて良く思うのは、年齢層によってこだわりの傾向が変わること。
つまり、ディテールやスタイルに非常にこだわるのは20代後半〜30代前半の方に多く、
30代後半以降の方はどちらかというと素材にこだわる傾向が強いことです。
まぁ、これは自分もその境目世代に入ってきましたので尚更分かるのですが、この頃を境にどうしても身体の線が崩れ出しますので、スタイルをビシッと決めるよりも自分の体型とはあまり関係のない素材の善し悪しに興味が流れるのかも知れませんね。

いずれにしてもこのKさん、まだ2通目のメールでしたが意外と難敵かも知れないな?...等と勝手に想像していました。

そして直ぐKさんからご来店の日取りの連絡があり、早々にご来店いただいたのですが、そのご依頼内容を見て聞いてびっくりしました。

まずはKさんがお持ちになった「理想的なデザイン 」のスーツ。
何といっても凄いのは、この上着仕立てたのはKさんの友人で全 てKさんの依頼によるもの
正直縫製としては、まだまだの部分もありましたが、個別の要望を全てかなえたと いっても過言でない仕様でした。
とても商売ベースではできない、手間暇が掛かっています。
でも、そんな人が身近にいるのに何故ウチに...?

それはさておき、画像をご覧下さい。特に背中側に注目です。
脇の下から裾にかけてメンズでは通常見られないような形の縫い合わせが入っているのがお分かりになりますでしょうか?(ちょうど黄色の線を加筆したところです。)
これは....当店のレディースでウエストの絞りを強調するために付けている通称「プリンセスライン」に他なりません。
ちょっと分かりにくいので補足しますと・・・
レディースの場合、例えばバストとウエストの高低差というのはメンズよりもずっとありますよね。
簡単に言えば、私を例に取ればバストは98で、ウエストは82ですから高低差は16センチですね。
これを例えば当店某女子社員を例に取るとバストは84でウエストは64ですから彼女の場合は高低差が20センチです。

つまり、一般論ではありますが、女性は胸が大きいのにウエストは男性よりずっと細いため高低差が大きい。
だからその高低差を埋めなければ綺麗なシルエットが出ないのです。

では『どうやって高低差を埋めるか?

もっと話を簡単にしてみましょう。
お手元にある何でも良いですから紙を円筒形にしてみて下さい。
これが寸胴の胴体だと思ってください。つまり寸胴で一番太いところはバストorヒップの所です。でもこんな寸胴の上着はあり得ません。
ではどうするか?
細いウエストに合わせるためには、どこかを『つまんで』細くするしかありません。

それはどうやって・・・?
その役割を果たす重要なパーツがダーツであり、ズボンで言えばタックなのです。
もちろん服は一枚の布で出来ているわけではないので、前や脇そして後の縫い合わせの所で絞ることもできます。
でもそれには限界があり、例えば無地の柄なら目立たず問題はなくてもストライプの柄でストライプの線が異常に縫い合わせで消えていたら明らかに変ですよね。 また、脇ばかりを強烈に絞っても今度は服の前後の張りがなくなり、平ぺったい服になってしまいます。
ですから必然的に各縫い合わせでは絞り限界があるのです。

そこで右の図をご覧下さい。
ウエストの前後に入っている緑色の線がメンズで言う一般的なダーツ。
赤のラインがレディースのプリンセスライン
どうですか、これで直ぐお分かりかと思いますが、プリンセスラインの方が広範囲で絞りが利いているのです。
それ故、プリンセスライン付きの方が高低差の大きい絞りが可能になるのです。


閑話休題。お話を戻しましょう。
それではKさんがご希望されたデザインはというと・・・
Kさんはご自身が縫えると言うこともあり、のことは良くご存じでした。
そこで、Kさんの言われたのは
自分の希望のシルエットを満たすためにはプリンセスラインを付けるしかない。ヨシムラさんやってくれますか?』ということでした。

正直、一寸ためらいました。
というのは、現状当社で使用している工場は数社ありますが、いずれの工場もメンズorレディースのどちらかが得意であり、今回のKさんのご希望はレディースの工場にメンズのパターンを持ち込むような物だったからで、メリットもあればデメリットも大きいそんなご注文だったんです。

つまり
メンズ主体の工場に出せば・・・
プリンセスラインが初めてのことでうまくできるか保証がない
レディースの工場に出せば・・・
シルエットは綺麗に出るが芯地等までレディース用になってしまい、腰のないスーツになってしまう。
・・・のです。そこでKさんに正直にメリット・デメリットをお伝えしたところKさんは
実験台でも良いからプリンセスラインが欲しい。
(その気はないので!)もろレディースのようになる腰のない芯だけは勘弁して欲しい。
・・・とのことでした。

そして
最終最後には、既存のメンズのパターンを見ながら『プリンセスラインなし』でウエストを限界まで絞ることにいたしました。

つまりは、大山鳴動してネズミ一匹の結果になりました。
今回のご注文はここでオシマイです。

でも、今回のことは当社に大きな課題を残しました。
実は当店では只今水面下でレディース部門からの依頼を受け、こだわりの利くメンズ工場でレディースのパターンを作れないか、試行錯誤中だったんです。
それで、Kさんのご依頼を頂いた時が正にその試作品を制作中の時で、ご注文を受けてしばらくしてからそのスーツが出来上がってきたのです。

結果はというと、、、レディースとしてはまずは失敗でした。

理由は >>>
プリンセスラインは綺麗に出来たけれど芯が堅すぎて胸の出っ張りが強調されすぎてシルエットが綺麗でないのです。

左右の画像を比べてみてください。
左が従来のレディース仕立て。右が今回初めて行ったメンズ工場でのレディースです。(サイズ的にはほぼ同寸です。)
いくら何でもレディースとしては胸や肩が堅すぎて見えるでしょ...
が!、し・か・し 良くこの文面を見ると、
『レディースとしては失敗』『芯が堅すぎ』>>>メンズっぽい
『プリンセスラインは出来た』>>>絞りの利いたシルエットができた。
...ということはつまり  >>>Kさんのご希望通り!ということになります。

がちょ〜んふるすぎ!
いくらKさんのご注文と微妙に前後したからと言ってもあんまりな結果です。
Kさんのご希望を満たすことが出来たかも知れないと思うと少々心が痛むところはありましたが、ただ、の実験はあくまでもプロトタイプです。
これがKさんのご注文で果たして出来るかどうかは分かりません。

オーダーというのは面白い物です。
たった1つのウエストの絞りだけでも、あぁでもない、こうでもないとやっていると色んな話や発展性が見いだせる。
そして、色んな『賭け』や『リスク』もあって、それが100%うまくいく保証なんてどこにもない
だから失敗作もあるし、妥協して作る物もある。
それ故、奥が深く、人はオーダーに魅力を感じ 傾倒していくものなのかも知れません。

皆さんはどうお感じになりましたか?