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オーダースーツのヨシムラ
新着レポート

 季節の変わり目は水洗いを
季節は移り変わりそろそろ桜の開花宣言が待たれるこの頃ですが読者の皆さんの周りはいかがでしょうか?
ここ 東京では皇居千鳥が淵〜英国大使館前が一番お店に近いお花見スポットです。
花粉症の方を除けば、一年中で一番心地よい季節ですね。

さて、そんな季節の変わり目である3月4月は長くお世話になった冬物スーツ・コート達に半年の別れを告げる季節です。
きちんとメンテナンスしないと、秋口に虫に喰われたり付いた汚れがシミになったりと大変ですので今回は新着情報として、当社で今後行うスーツの水洗いについてご紹介したいと思います。

水洗いについては以前も一度Webでご紹介しましたが今回はそれをより詳しくご紹介していますので是非ご覧下さい。

それでは早速水洗いについてご紹介。
皆さん、スーツのクリーニングってどうされていますか?
一般的には、クリーニング屋さんで行うドライクリーニングですよね。

でも、それがどのような物かご存じでしょうか?
なかなか教えてくれる物ではありませんのでまずはそこからご案内。。

■ ドライクリーニングとは・・・? ■
普段私達が何の気なく利用しているドライクリーニング、これは石油系の溶剤を使って洗浄しています。
このため、洗剤が石油系(つまり油)ですから、油脂系の汚れには効果的で食用油・機械油・ペンキ・口紅・ボールペン・マジックインキ・靴墨などは良く落ちます。

でも、この具体例 皆さんの生活の中で頻繁に付く汚れでしょうか?
ビジネスマンにとってはボールペンの跡などは良くありがちですが、それでも薄グレーのスーツならいざ知らず濃紺スーツにはあまり意味がないのではないでしょうか?
水洗いで落ちる汚れについては後述しますが、このようにクリーニングではそれぞれの方法の違いにより落とせる汚れと落とせない汚れがあることを知る必要があります。

また、ドライクリーニングは既に説明したように石油系溶剤で汚れを落としますが、その溶剤は一回ごと使い切りでしょうか?
いえいえ、実は何度も使い回しています。
イメージすると、天ぷら油や健康ランドの循環湯システムです。
つまり、フィルターを使って濾過して何回も繰り返し使うことでコストを下げているのです。
日曜日の夕方の健康ランドのお湯はどこかドロっとしていますがあんな感じです。

このため、今回の取材を通じクリーニング専業者さんに色々伺いましたが、悪質なクリーニング屋の場合はその溶剤がコーラのような色をしているそうです。
また、この様なクリーニング屋では白のセーターをクリーニングすると逆に薄汚れて帰ってくるそうですよ。
(若干、ドライクリーニング業界を悪く言っておりますが、業界関係者の方悪しからずご容赦下さい。)

■ 汚れの種類と対処の方法 ■
それでは汚れにはどんな物があるのでしょうか?
今回はドライと水洗いの比較が重要ですので、分けて表にしてみました。。
ドライクリーニングと水洗いではここが違う
落とせる汚れ
服地への影響
プレス
ドライクリーニングで
落とせる汚れ
食用油・機械油・ペンキ・口紅・ボールペン・マジックインキ・靴墨
回数を重ねると服地が目詰まりし風合いを損ねることがある。
型崩れが少なくプレスしやすい。
水洗いで落とせる汚れ
汁・お小水・食べこぼし・お茶・コーヒー・果汁・醤油・ソース・血液
服地の風合いを損なわず天然素材が甦る。
プレスに技術と手間を要する
いかがでしょうか?
どちらかというと、私達の日常生活では水洗いで落とせる汚れの方が、ありがちな汚れではないでしょうか?
ふと、考えてみるとこんな経験をしたことありませんか?
長く使っていたスーツで、脇の辺りに汗ジミが出来てドライクリーニングで落ちない×××
...これは上記の表に当てはめるとごくごく当たり前のことなんですね。
水溶性の汚れですから...

■ 何故水洗いが普及しないの? ■

汚れの種類を考えてみると水洗いの方がドライより落とす汚れとしては日常生活に近いのに、それでは何故水洗いが普及しないのでしょうか?

洗剤の問題
・・・確かにこれは家庭用洗剤では心もとないですが、最近は花王のエマールなど良い物も出ておりますのでそういった専用洗剤を使えば、これはそれほど問題ではありません。
  >>ご参考:花王エマール(スーツの水洗い)

一番の問題は?
...それはプレス技術の問題裏地等の縮みの問題です。
これに充分対処するためには高度な技術力と時間を要するためなかなか一般に普及しないのです。

それでは具体的に2つの問題はどんなことかと言いますと・・・

プレスの問題
当たり前のことですが、水洗いは洗い上がって干した後はシワだらけになりますから、これをプレスするのが大変なんです。
このことは、ドライクリーニングでも、ご家庭でも言えることです。
そして、ドライの方はクリーニング屋さんは洗濯もプレスもプロですのでご家庭でやるよりは段違いで安定したプレスができます。
でも、残念なことにクリーニング専業店ではスーツの構造や作り方などへはあまり関心が向かないため良いプレスが出来ないのです。
この点、仕立屋のプレスならスーツの作り方からアイロン掛けの方向までキチンと理解しているためオリジナルに近い状態まで持っていくことが出来るのです。

例えばこんな事はありませんでしたか?。

3つボタン中掛けデザインのスーツをクリーニングに出したら3つボタン上2つ掛けになってしまった×××
...これは上記の表に当てはめるとごくごく当たり前のことなんですね。
水溶性の汚れですから...
『襟のプレスを柔らかくして欲しい』と言ったケド、理解して貰えなかった×××
これでは折角のスーツもオリジナルの原型が分からなくなってしまいます。

その点、仕立屋のするプレスは「洗うこと」のみならず『スーツのメンテナンス』の位置づけですから元通り復元することに主眼が置かれているのです。

縮みの問題
スーツの水洗いで意外と見落とされがちなのは『縮みの問題』です。(先述のエマールのページでも水洗い後縮むことについては殆ど記述していません。)

それでは水洗いによる縮みとはどんな物なのでしょうか?
・・・実は、これは生地(表地)の問題もさることながらむしろ裏地の問題です。
表地の方は、仕立てる前には「地のし(地直し)」という作業を行い、縮む要素のある生地は充分縮ませてからお仕立てに取りかかるのでステッチ糸の縮に関する事以外ではあまりこのような事は起こりません。
ですが、裏地の方は一般には何もしないままお仕立てします。
(これは当店でもそうですし、他店でも同じと思います。)

何故?と思われるかも知れませんが、特にキュプラの裏地などは地のしによって当初の光沢感が薄れてしまう傾向がありこれを嫌がっての事です。(あるいは面倒なだけか...)
このため、スーツを水洗いすると(特にキュプラの裏地を使った物は)少なからず裏地が縮んでしまい、そのまま乾燥、プレスをするとスーツの裏地側(内側)が短くなるため、裾が内側にロールしてしまいます。

それではどうすればキチンと収まるのか?
××× それは面倒ですが一度裏地を解いて縫い代を出してやるしか手だてがありません

既製服はどうか分かりませんが、例えば当店の仕立てではスーツの裾裏の裏地は縫い代を多少多めに撮り後々の補修に対処できるようにしています。
ですから補修の際にはこの縫い代をうまく利用するのです。

さすがにここまではご家庭では無理ですよね。
これが仕立屋による補修の凄いところです。
読者の皆さんはなかなかイメージが沸かないと思いますが、補修というのは大変な作業で、一度出来ている物を解いて、それを補修して、また縫製する訳ですから、意外とコストが掛かるのもうなずける話です。

■ 仕上がりはどうなるの? ■
長々とドライクリーニングと比較したり、問題点を説明してみましたが、それではどんな仕上がりになるのでしょうか?
仕上がりというのは風合いが問題になりますのでなかなか画像では表現できませんが、こんな感じです。

□ 汚れはどれ位落ちる? □
画像は水洗い前後の洗剤液の状態。
画像左側は透明ですが、右側は白濁色ですね。
実はこれは私のスーツを洗った際の洗剤液。
2シーズン着用し、その都度ドライに出していたスーツを洗った結果がこうです。
専門家に言わせるとドライの場合は『ドライかす』が溜まるそうです。)

そしてこちらがタバコを吸われる方のジャケットを洗ったときに出た汚れ。
う〜ん、見るからに『ヤニ』が出ていますね。
肺もこうなっているのでしょうか?おぞましい×××

続いて、こちらは当社大阪店F嬢のアンゴラジャケット
メンズでは珍しいですが白のジャケットは汚れが特に目立ちやすいので実験台に使わせて貰いました。
白の物は程度の良くないドライクリーニングだと逆に「ドライかす」で汚れることもあるそうです。

洗うに当たって汚れのポイントは・・・
首周りの汚れ
女性は特に、襟無しのシャツが多かったりファンデーションを首周りに塗る方もいるので意外とジャケットの襟が汚れます。
脇部の汚れ
女性はノースリーブのインナーも着ますから脇の汗じみが男性以上に起こることがあります。(今回のF嬢の物は冬物ですし日頃のメンテが良いためこの種の汚れはありませんでした。)
ポケット周りの汚れ
仕事着で着ていると女性の場合特にポケット周りを汚すケースが多いですね。
ホコリの吸着
白ですととても目立ちますがこれはどんなスーツでも同じ事。
ホコリによりある種の目詰まり、生地は呼吸困難を起こしています。
毛並みの回復・
冬物など肉厚の素材はどうしても使っていく内に生地が押し潰されていきます。さてさてこれがどれ位回復できるでしょうか?
汚れの特に酷いところは洗浄液の原液を塗って...
洗った後、乾燥するだけだとこんな状態(ここまでは当社大阪店にて実施)

それから吉井工場長の方へ回して、補修後、最終プレス
ジャーン、仕上がりです。
こんなに綺麗になりました。襟裏は場所柄汚れが付いていないですのでその色と比較してみてください。
どうでしょうか?見違えるようになったでしょ♪

■ 当店でも開始しました! ■
こんな手間の掛かるスーツのメンテナンス(敢えて「水洗い」とは言いません!)。
これまではご依頼があると、親交があり技術力のあるテーラーさんにお願いしていましたが、昨今当社も技術的な背景を持てるようになりましたので、今後は自社工場でも行えるようにいたしました。
(もちろん従前のテーラーさんにも継続的に依頼します。)

お値段 6,825円(消費税込み・送料は別途)
※カシミヤ等特殊素材等は別途。

>>逸品コーナーで受付をさせていただいております。

いかがでしょうか?
こんな所にも日本のテーラリングの技術が残っています。

スーツに対しては皆さんそれぞれのお考えがあると思います。
「作業着だからお金を書けても仕方ない。」
これも正論だと思います。

でも、ちょっと考えてみてください。例えば、皆さんの愛車。
会社の車ならガソリンスタンドで300円の機械式洗車にかけるかもしれませんが、ご自身の愛車なら時間があれば手洗い洗車しますよね。
それが自分のステイタスを表す高級車なら尚更です。
私はスーツも同じだと思うのです。

毎回の水洗いは必要ありませんが、少しくたびれてきたかな?と思ったとき是非スーツの水洗い(メンテナンス)も思い出してみてください。

SPECIAL THANKS
本稿作成にあっては、東京都文京区の伊丹洋服店さんに多大なご協力を頂きました。
伊丹さんは先代はテーラー業界の中でも「伊丹先生」と呼ばれるほどの技術者で、現在の伊丹さんもテーラー向けの技術教室を営む実力者です。

今回、当社が水洗いを自社で行えるようになったのは伊丹洋服店さんのご指導の賜であり、この場をお借りして深くお礼申し上げます。

機会がありましたら皆さんも是非ご覧下さい。>>伊丹洋服店