
Marling & Evans undyed
@yoshimura_sons_osaka instagramより
こんにちは。大阪店の西脇です。
3月に入りました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
春夏生地が本格的に店頭に並び、 冬物とは異なる、軽やかで明るい色の生地たちが、 春の訪れを告げてくれます。
その中で、今回ご紹介したいのが、今季真っ先に私がお仕立ていたしました、 Marling & Evans の "undyed" という生地のノーカラースーツです。
undyed 、「染めていない」という意味です。
私はこの生地に触れたとき、この自然のままの色の美しさに、自然の尊さ、神々しさまでも感じました。
―― “ 世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう ”
文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースのこの言葉が 頭に響きました。
そこで私は、この生地の特徴を引き立たせることを第一に考えて、デザイン、仕様、サイズ感を決めていきました。
今回のコラムでは、
レヴィ=ストロースの思想を想起し、生地を主役に考え仕様を決めた過程、
レディースではオーダーされる方が少ないノーカラーのジャケットをご紹介させていただきます。
春夏シーズンの立ち上がり、新しいスタイルをご検討される上で、何か少しでもご参考になれば幸いです。
― Marling & Evans という老舗ミル
Marling & Evans は、現在イギリス・ヨークシャーに拠点を置く、伝統的な生地メーカーです。
創業は1782年。240年以上の歴史を持ち、英国羊毛産業の中心地で、丁寧な生地作りを続けてきました。
19世紀にはフランネル素材で広く知られるようになり、1920年代にはロールス・ロイスが厚手のフランネル素材を車の内装に使用したことにより話題になっています。
その老舗ミルの代表的な生地の一つが、この “undyed” シリーズです。
【undyed ―― 染めないという選択】
この生地の最大の特徴は、"undyed"(未脱色・未染色)であること。
通常、生地は染色の工程を経て色が付けられます。でも、この生地は、羊毛本来の色、そのままです。
淡いグレーがかったナチュラルなブラウン。それは、羊が持っていた毛の色であり、人工的な染料を一切使わず、自然のままの美しさを纏っています。
染色しないことには、いくつかの意味があります。
第一に、環境への配慮。
染色工程では、大量の水と化学薬品が使われます。
undyed は、その工程を省くことで、環境負荷を大幅に削減します。仕上げ工程にも天然石鹸を使用されております。
第二に、素材の本質。
染色しないということは、羊毛という素材の質感、風合い、色をそのまま味わうということ。
原毛本来の白、ベージュ、ブラウン、グレーといった色合いを混ぜ合わせることで、深みのあるメランジ(霜降り)カラーが出ます。羊毛が本来持っている柔らかさ、温かみ、そして呼吸するような質感が、より際立ちます。
第三に、哲学。
「足さない」という美学、自然が持つ力をそのまま活かす、それが、undyed の哲学だと思います。
ファッションは、どんどん「足していく」ことで成り立つところがあります。
色を足し、装飾を足し、トレンドを足していく。
でも、undyed は、その逆で、「足さない」ことで、素材そのものの美しさを浮かび上がらせます。
この生地は、目付300g/mであり、春夏生地としては、やや重めです。
英国羊毛100%の厚みのある生地は、硬すぎず、かつ型崩れしにくい高い堅牢性があり、仕立て映えします。
レヴィ=ストロースは、1962年に発表した 「野生の思考(La Pensée sauvage)」の中で、自然と共生し、自然を支配の対象とは見ない社会の人々が持つ 思考様式について論じました。 それは、自然を「支配する」「改変する」のではなく、 自然の持つ性質を、そのまま活かす思考です。
また、野生の思考は、 抽象的な理論から出発するのではなく、 具体的な事物そのものから出発します。 レヴィ=ストロースはこれを「具体の科学」と呼びました。
このレヴィ=ストロースの「野生の思考」が、 undyed という生地と、 そして、オーダーという行為に 深く通じていると私は感じました。
レヴィ=ストロースは、「野生の思考」の中で、 “ブリコラージュ(bricolage)” という概念についても述べています。
ブリコラージュとは、 「ありあわせの道具や材料を用いて、自分の手でものを作ること」。 既存のものを組み合わせ、 具体的な状況に応じて、最適な形を創造する。
これは、オーダーという行為にも通じる方法論です。
オーダーは、 抽象的な理論から 出発するのではありません。
この生地、この身体、この着用シーン・・・これらの具体性から出発して、 最適な形を見出していきます。
今回、私がこのスーツをお仕立てした時も、 まさにこのプロセスでした。
この生地の性質、私の身体的な特徴(サイズ、身体のクセ、着方など)、着用シーン、これらの具体的な条件から出発して、 導き出された形が、 このノーカラースーツでした。
同じ生地でも、人によって全く違ったスーツになります。
それはご体形、着用シーンやスタイルが同じことはないからです。
それでは具体的に今回のスーツの仕様についてご紹介していきます。
仕上がり品はこちらです。
まずは1番の特徴である、ノーカラーについて。
今回の生地でお仕立てすることを決めたとき、私は迷わずノーカラーを選びました。
ノーカラーとは、文字通り「襟がない」ジャケットです。
テーラードジャケットには、ノッチドラペルやピークドラペルといった襟のデザインがあります。
襟は、ジャケットの「顔」であり、華やかで、存在感があります。
でも、今回は、敢えてその「顔」を削ぎ落としました。
undyed = 染めない(色を足さない)
ノーカラー = 襟をなくす(装飾を削る)
この2つの「引き算」が重なった時に、素材、シルエットがさらに際立つと考えました。
衿の他に、腰ポケットをフタなしにしたり、肩パットを抜いたり・・・さらに仕様をそぎ落としていきました。
釦は水牛釦で、艶のないものを選ぶことで、undyedのマットな生地感に合わせています。
今回の仕様を簡単にまとめると以下の通りになります。
Marling & Evans undyed
薄茶 ヘアライン
― シルエットについて
今回のスーツのシルエットについて、意識したのは以下の点です。
まずは、ノーカラーはシンプルなデザインだからこそ、シルエットが際立ちます。
美しく見せるための調整はやはり必要です。
ですが、undyed という「自然のまま」の生地には、そのままの身体のラインに合わせるシルエットが合うように感じます。
そこで、ウエストを大きく絞ったり、スラックスをタイトにしたりなど身体のラインの誇張はしないことにしました。でも、自身の身体を隠しすぎるシルエットでもない、最小限の調整をすることにしました。
ウエストと袖巾は、わずかに絞り、補正は入れています。
そして肩パットは完全に抜くことにしました。
肩パットを完全に抜いた理由は2つあります。
肩パットを入れなくても、生地の堅牢さが美しいシルエットを出してくれる点、そして前述したとおり、身体の肩の自然なラインを敢えて隠さない、という点です。
過度に絞ったり、厚い肩パットを入れたりすると、窮屈で人工的なシルエットになります。
でも、少しだけ調整することで、身体に沿いながら、自然なラインが生まれます。
この「わずかな調整」が今回のシルエットのキーとなりました。
さて、今回のMarling & Evans undyedのノーカラースーツ、いかがだったでしょうか。
この生地は他にも色柄がございますので、ぜひこの野性味ある生地を店頭でご体感ください。
レディースのノーカラージャケットのスーツはシャネルスーツとも言われ、クラシックな形として知られています。そのため、「コンサバティブで少し野暮ったい」というイメージを持たれている方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、そのミニマルな形を敢えて活かしたスタイルで、オーダーならではの良さ、素材の良さを引き立たせることにつなげることができます。
ブリコラージュの思考を取り入れ、抽象的な固定概念から出発するのではなく、生地を見て、触れてから、唯一無二のスーツスタイルを考えるのはいかがでしょうか。
肩パッドや芯地を抜いたアンコン仕立てのジャケット、コンフォートジャケットがお得にお仕立てできる、“コンフォートフェア” も今月29日まで開催中です。
皆様のご来店を心よりお待ちしております。